祖父母と母の話
母方の祖父母は、漁師だった。
厳格だが、実は優しい祖父と、意地の悪い祖母。
全ての発端は、祖父の後妻だった祖母の意地の悪さと
そんな家に嫁いだ叔父の嫁の確執から始まった。
母は五人きょうだいの真ん中だ。三女だった。
四人の姉と妹、そして末子にやっと男が生まれたので
祖父母や姉妹は弟をずいぶん甘やかしたらしい。
そんな甘ったれの弟が結婚した。
二人の結婚に姉妹は協力的だったらしい。
しかし祖父が亡くなったことで
遺産を巡る諍いが勃発。
粗末に扱われたくないばかりに
祖父の遺産を決して離さなかった祖母。
祖母を毛嫌いしながらも嫁として
「仕えなければならなかった」嫁。
その嫁に「いいように操られてしまった」弟。
そこに加わったのが、母の姉妹たちだ。
母の姉妹たちはそれぞれ結婚していた。
祖父が死んだのをきっかけに
遺産のおこぼれに預かりたいと、
姉妹は祖母をおだてあげるようになってしまった。
当時20才だった自分が把握していた母方の家の実体だった。
めんどうくさいな、と正直思った。
この頃母は事業を興していたこともあり
遺産を放棄することにしたようだが、
自分を除く姉妹と弟が、祖母をいいように言いくるめる姿に
理不尽さを感じていたようだった。
母は、祖父母に何を期待しているのだろう。
親に期待することをとうのむかしに諦めていた私は考えた。
その答えがわかったのは、祖母が亡くなったあとだった。
母は認めてほしかったのではないか。
仮定はやがて確信に変わった。
だがそれは、違っていた。
母は、褒めてほしかったのだ。
女手一つで子供を育て上げ公務員にし
大手企業に勤務しているおとなしい男と結婚したこと。
そして家を建てたこと、墓を建てたこと、全部。
「よく頑張ったな」
その一言を祖父や祖母が、もっと早くに
母が子供だった頃に言ってくれたら、
きっと母は、気持ちが楽になれたのではないか。
なぜ、頑張った母を褒めてくれなかったのだ。
と思ったが、
祖父母は子供を褒めるということを知らなかったのではないか。
延々と続く家の歴史のなかで
「やって当たり前」「お前が選んだ道だろう」
そんな言葉で片付けられてきたから、
祖父母も母も「褒める」ことができなかったのではないかと思い至った。
それに加えて「ありがとう」という言葉も子供に対して掛けてこなかったのだろう。
だから私も「ありがとう」と素直に言えない子供だったのかも知れない。
なんてことだろう。
こんな背景があるのなら、
私が求めていた「母」に実際の「母」がなれなかったのは当然だったではないか。
それに気づいたのは今日。
母が鬼籍に入り三年目が経過する一ヶ月前のことだった。




