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be.-存在-  作者: 藤沢あき
ACT03.Witch
16/21

02 運命

「オイ神山(かみやま)、何 突っ立ってんだ」


 声に振り返ると、(さとし)怪訝(けげん)そうに こちらを見ていた。


 音が戻っている。

―――違う。これが現実だ。

なら、今 見た映像は何だったのか。


 下駄箱に向かいかけた智を慌てて止めた(たける)は、絶対にそこを動くな と念を押し下駄箱へと向かった。


まさかとは思うが念のためだ。これで何もなければ それでいい。

そう恐る恐る簀子(すのこ)に左足を下ろす。

何も起きないことを確認したうえで右足も乗せ、更には簀子の上を何往復かしてみたが下駄箱が落ちてくる気配はない。


やはり気のせいだ。

安堵して智を手招くと、どういうわけか智は簀子の手前で突然 足を止めた。

下駄箱を見る目が どことなく強張っているように見えた武が、軽いジョークの つもりで、下駄箱が倒れる想像でもしたか と言うと、智は目を見開き後ずさりしだした。


「倒れる……そうか、倒れるんだな。簀子に踏み出した途端、ドン!か。よーし、分かった。―――悪いな、神山。今日は ここに泊る。ひとりで帰ってくれ」


「ハァ!? いや、だから大丈夫だつってんじゃんよ! 見ろよ、ほら! コレ、どんだけ動かそうとしても固定されてるからか動かねェじゃん。こんなの、どうやって倒れてくるんだよ」


「じゃあ お前、これ倒れたらバンホ10パックおごれよ」


「やってやろーじゃん。なんなら倍の20パック賭けてやるわ」


 そう意気込んだのも束の間、智が簀子に踏み出すやいなや、すぐ傍で何か軋むような音がした。

まさかと思い智の背を思い切り突き飛ばした直後、あんなに動かないことを確認したはずの下駄箱が、武の目の前で“自然に”倒れた。


「マジでか……」


 信じられないことが目の前で起きている。

“夢”でも見ているようだ。

そう考え始めてから、武は ようやく 状況を理解した。


これはまずい。


 倒れた下駄箱を隔てた玄関口に座り込み鼻を押さえている智を、同情とも憐れみともつかない心持ちで見つめていると、苛立たしげに睨まれた。


いや、ここで絶望的になる必要は どこにもない。

何故なら、武には“画”が見えている。

これから智に降りかかるであろう災難をすでに知っているのだ。

それさえ回避できれば、智を生きて寮に連れ帰すことも不可能ではない。


「バンホ20パックだろうが50パックだろうが いくらでも買ってやるから、とにかく今は何も訊かねェで黙って付いてこい」


 そう下駄箱を踏み越えた武は、智の肩を掴み立ち上がらせると、手に取った傘をグッと握りしめた。


この先、何が起こるのかは大方 分かっている。

夢で見た“画”が示す通りなら、外に出た瞬間、上から植木鉢が落ちてきて智の脳天にヒットするのだ。

これを回避するには、どうすればいいのか。


 夢で見た“画”では、智が外に出た瞬間に植木鉢が落ちてきた。

下駄箱が倒れた時も そうだ。

智が外に出ようとした時に、物が動き行く手を阻む。

つまり、連動しているということだ。

となれば、花瓶が智の脳天を直撃する前に武が植木鉢をキャッチしてしまえばいい。

一通りシミュレーションしてみれば、これは なかなかにいけそうだ。


「よし、行くぞ!」


 武の呼びかけで、先頭の智が扉を開けた。

まだ この時点では なんの予兆もない。

どうやら、武の勘は当たっているようだ。


確信を得た武は、智に付いて慎重に玄関を出た。

すると どうだろうか。

雨線の合間から見上げた曇天に、突如として植木鉢が現れた。


すぐさま智に伏せるよう指示した武は、迫り来る鈍器を捕えさせまいと打ちつける雨粒に視界を遮られながらも両手を構える。

そして―――取った。


キャッチした途端 滑りそうになった それをなんとか持ち直し抱きかかえると、その場で一気に崩折れる。


助かった。智は生きている。

運命を変えることに成功したのだ。

そう安堵した その時だった。


 音に振り返った武は、その瞬間、凍りついた。


智が、倒れている。

赤茶けた大きな破片が散らかる中で、ぐったりとして動かない。


やがて、陥没した頭部から流れ出るようにして鮮やかな赤が広がりだした。


 これは嘘だ……。禍は回避できたはずだ。

武は、そう何度 自分に言い聞かせようとしたか知れない。

しかし、いくら念じようとも状況は変わらない。

智が起き上がることはなかった。


その時だ。

今や深紅の水溜まりで物言わず伏している智から浮かび上がるようにして、白く細い影が現れた。


降りしきる雨の中、徐々に人のかたちを成した それには、耳が無かった。

まるで、刃物か何かで切り取られたかのような歪な痕跡だけが生々しく残っている。

中性的な顔立ちだが、学生服を着ていることから恐らくは男だろう。

そして奇妙なことに、それは智と同じものだった。


 (うつ)ろな目が、ゆっくりと動く。

感情を灯さない青白い顔を正面にした直後、武は銃口を向けられた。


武器の知識が乏しいにも関わらず それがアサルトライフルだと すぐに分かったのは、単に同系統のものを孝臣が所持しているからではない。

全く同じ形状の物だったからだ。


 銃越しに武を見据える暗い瞳は、静かに雨音を遠退かせていった。


「お前は、何も分かっていない。お前には、救えない」


 発砲音の後、武は血溜まりに倒れ込んだ。



 ――――――――――――――――――――



「オイ神山、何 突っ立ってんだ」


 声に振り返ると、智が怪訝そうに こちらを見ていた。


 “突っ立っている”―――その言葉通り、武は下駄箱が整然と立ち並ぶ玄関にいた。


武も智も生きている。

植木鉢が智の脳天を直撃する前の、下駄箱すら回避できていない状態に時間が巻き戻ったのだ。


これは一体どういうことなのだろうか。

まさか、今までのことは すべて夢だったのか。

いや、そうとしか言いようがない。

まるで、ゲームオーバーになった途端にリセットボタンを押されたような この状況を少しでも考えられる可能性に当てはめようとすればそうなる。


 例によって下駄箱に歩きだした智を、先程と同じように思い切り突き飛ばす。

いや、どうやら先程よりも力が入ってしまったらしい。

智は、玄関扉に顔面を強打した。

その後方で、案の定 下駄箱が倒れる。


額を(かば)いつつ振り返った智の顔は、みるみるうちに青ざめていく。

そして、導線を辿るように こちらを見てきた。


常に孤高を謳っていた鋭い目が困惑と疑心に揺れているのを認めるなり、武は自衛のための言い訳を探していた。

しかし、考えようとすればするほど頭は白く混濁し、色を濃くした途端に あの男の言葉が浮かび上がるのだ。


運命には抗えない。

恐らくは そう言いたいのだろう。

そんな結論に達した時、もう弁論をしよう等とは考えなくなった。


 武は、智に これから起こる事を話した。

しかし、何故それを知っているのかや、あの男については明言を避けた。

それを言ったところで どうすることもできないからだ。


ただ、言葉くらいは選べたかもしれない。

そんな後悔が先に立つはずもなく、唐突に死を宣告された智は黙ったまま俯いてしまった。


「くだらねぇ」


 面食らったのは武のほうだ。


やがて顔を上げた智は、本来の据えた目をしていた。

お世辞にも愛想が良いとは言えない、媚びることを知らないあの眼だ。

そして、どんな表情をしていいのか分からず、ただただ立ち尽くしている武を鼻で笑った。


「お前が これまでどんな生き方してきたかなんて知りたくもねぇが、もし俺が お前の 立場だったら、人様の生死を予言してやろうとはまず考えねぇな。ましてや、運命だ抗えねぇだ何だと、いかにも悲観主義者受けしそうな厭世観(えんせいかん) 並べ立てるなんて以ての外だ」


 智は、立ち上がるなり埃を払った手をズボンのポケットに入れた。

倒れた下駄箱を、さも当たり前のように迂回し戻ってくる。

教室に戻るつもりなのだ。

そう断定するより先に、足が動いていた。


立ちはだかるや否や すこぶる劣悪に睨まれた武は、自身の首へと動きかけた手をなんとか抑え込み、横切ろうとした智の腕を掴んだ。


「オレだって、こんなこと言いたくねェよ! でも、言わなかったら後悔すんだろ」


「うるせぇな。勝手に後悔しとけ」


 振り払われた手で なんとか肩を掴んだ武は、迷った末に思い切って正面の壁に突き飛ばした。

目を疑うほど簡単に、しかも盛大に壁に激突し倒れた智に一瞬ひやっとさせられたが、頭を押さえつつも すぐに起き上がり睨みつけてきたところを見ると大丈夫そうだ。

そう確認した武は、もう一度 智の前に立った。


「後悔したから ここに来たんだ。後悔 増やすために来てんじゃねェ。お前だってそうだろ」


 凄んだつもりはなかった。

しかし、智は途端に苦み走った顔をした後、逃げるように俯いた。


床に落ちた拳が、小さく震えている。

それが暴力を振るわれた恐怖からくるものでも、暴力に訴えた武への軽蔑でも怒りでもないことを知ったのは、その拳が勢いよく壁に叩きつけられてからだった。


 長い沈黙の後、智が何かを呟いた。

聞き返すと すかさず怒鳴られたが、どうやら打開策を考えていたらしい。

てっきり、リセット前みたく学校に(こも)るつもりなのかと思っていた武は呆気に取られる。

すぐにまた険しい表情で思案し始めた智に、武は自然と笑みを零していた。


 (ことごと)く運に見放された奴に参謀を任せるわけにはいかない と無理矢理 敢行した作戦 会議の結果 生まれた打開策は、落ちてくる植木鉢を武が傘で打ち飛ばし軌道を変えるというものだ。

当初、武が考えていた案と そう変わりない。

しかし、これが単なる正面突破でないところは、智をおとりに使うという点だ。


思えば、“画”における失敗は智の防御力が極めて低いことにあった。

そこで、武が校舎中から掻き集めてきたフルフェイスヘルメットや黒塗りの頑丈そうな鎧等の防具を身につけさせることで、ちょっとやそっとでは くたばらない完全なる おとりに仕立て上げる。


傍から見れば完全なる変質者だが、これも生きて寮に帰るためだ。

決して、智のルックスに嫉妬してのことではないということを付け加えておきたい。


 智が外に出るやいなや、早速 現れた植木鉢に武は傘を構える。

例によって一直線に落ちてきた それが智の頭上 1メートル圏内に入ったのを見計らってフルスイングした。

会心の当たりだ。

傘により軌道修正を余儀なくされた植木鉢は その場で割れることなく、そのままの速度を保ったまま地面に落下した。


 これは いけると喜んだのも束の間、第2の刺客が宙に現れる。

智に走るよう指示した武は、その瞬間 傘を思い切り横に薙いだ。

刺客を破壊することはできたが、案の定 傘が折れてしまった。


しかし、これも想定済みだ。

早くも投下された第3の刺客に、武は鞄の中から取り出した硬球をデタラメなフォームで一気に投げ放った。

見事 刺客を捕えた球は宙で砕け、地面に落ちるなり雨に押し潰されるかのように破片を撒き散らした。

それらを軽く跳び越えながら智を追い、投下される刺客をその都度 撃ち落とすを何回か繰り返しているうちに、いつの間にかコの字型の校舎を突破していた。

するとどうだろうか。

刺客もピタリと なりを潜めてしまった。

武と智は、今度こそ本当に運命に打ち勝ったのだ。


すぐさま歓喜したい衝動に駆られたが、安心するにはまだ早い。

このまま寮まで走るぞ と呼びかけた その直後、悲劇は現実となって現れた。

噴水広場に続く坂道に差し掛かろうとしたところで、あろうことか智が転倒したのだ。


それだけなら まだよかった。

問題は、次いで坂上に現れたブルドーザーが智 目掛けて一直線に滑り落ちてきているということだ。


武は すぐに智を起こそうとしたが、間に合わない。

迫り来る巨大な鉄の塊に轢き殺される―――そんな“画”が見えた。


しかし、反射的に目を伏せていた武が聞いたのは、鉄の塊が人間を骨肉の区別なく引き裂き押し潰す音ではない。

雨音を暫くの間 掻き消すほど甲高い衝突音だった。


 恐る恐る目を開けた先で まず飛び込んできたのは、雨粒を滴らせた黄色い壁だ。

それがブルドーザーのフロント部分だと分かってからは、状況把握がスムーズだった。


少し目線を下げると、すぐそこに分厚く頑丈そうな壁が立ち上がっている。

これは、恐らく降雨量が著しい場合に備え、坂から流れ落ちる雨水をコの字型の校舎に流れ込ませないようにするための止水板だろうということだ。

それが寸前のところで立ち上がってくれた おかげで命拾いをした。

どうやら運は、全面的に智を見離しているわけではないらしい。


 防具が重くて起き上がれないという智を半ば乱暴に起こし上げた武は、ややこしいことになる前に すぐにでも逃げようと走りだした。


ところが、智が付いてきていない。

坂を上ったところでそれに気づいた武は すぐに呼びかけたが、智は こちらに気づくまで ずっとスーパーの裏手を向いたまま茫然としていた。

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