↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
be.-存在-  作者: 藤沢あき
ACT03.Witch
15/21

01 地獄の補習会

 今日は、智(さとし)がブルドーザーに轢(ひ)かれた。

あと何回 智を殺せばこんな夢を見ずに済むのだろうか。

出ていった溜め息に、武(たける)は前髪を掻き上げる。


 あれから、自室は勿論のこと寮や校舎、食堂や森の中 等 手当たり次第に捜したが、3週間 経った今でもハンドガンは見つからない。


本部と連絡が取れれば新しい物を送ってもらうことも できただろうが、通信手段が無いので それも叶わない。

それに、武器を失くしたことが知られれば、バディである孝臣(たかおみ)の昇格に影響が出るかもしれない。

そう思うと、自力で なんとかするしか道はなかった。


 孝臣とも、あれから一言も口も利いていない。

部屋や廊下で見かけることもあるが、目も合わせてくれない。


道理だ。

暴力を振るった時点で、武は加害者だ。

これまで通りでいられるわけがない。

そんなことは、身に沁みて解っているはずだった。


これから、調査は どうなるのだろうか―――――。


 手で顔を覆った その時、扉の向こうから何かが倒れたような物音がした。


まさか強盗か。

飛び起きた武は、慌てて部屋を飛び出した。

しかし、その先で目が合ったのは智だ。


床に倒れたまま気まずそうに苦い顔をした智は、舌打ちをしながら上体を起こす。

まさか、気づいていないのだろうか。

呼びかけようとした武の目の前で、智はテーブルの裏側に頭を打ちつけた。

頭を抱え再び倒れた この不憫な同居人に呆れ返ってものも言えない。

とはいえ、そのまま放置しておくのも憐れだ。

運を敵に回すようなことでもしたんだろう と笑ってやると、今度は頭上にテーブルが無いのを確認して起き上がった智に うるせぇ と返される。


 あの事件 以来、佐伯(さえき)も小原(おばら)も、どこか怯えた目で武を見るようになった。

自業自得とはいえ、ここで上手くやっていきたいというリベンジにも似た願望があった分、嘗(かつ)ては日常的に可視化されていた“人”と自身とを隔てるボーダーラインに絶望せざるを得ない。


しかし、そのような中でも智だけは変わらなかった。

元から無愛想だったということもあるだろうが、それでも これまで通りに接してくれる智のような奴がいてくれることは、大きな救いだ。


「メシ、食べるか」


「あ? ……おう」



 朝から ざざ降りなバイト日和の午前8時55分―――いつもなら今頃、ピークを過ぎた食堂で午後の仕込みをしている時間だ。

しかし、厨房に立っているはずだった武は今、独り2年2組の教室で頬杖をついている。

それもこれも、これから開幕する“地獄の補習会”に参加するためだ。


 補習は、前回のテストで1科目でも赤点を取った者を対象に実施される。

その拷問紛いな待遇と噂される別名・懲罰部屋への招待状を受け取った者は、学年の別なく この部屋に集まることになっているが、開始5分前にも関わらず、未だに誰も現れない。


 考えられる最も単純な理由といえば、部屋を間違えたという大いにありそうなケアレスミスだ。

この補習をボイコットした者は別日に個別補習を受けなければいけないので、わざわざ欠席してまで そのリスクを背負おうとする者はいないだろう。

それとも、赤点を取ったのが武ただひとりだったという究極の喜劇がオチなのだろうかと思い悩んでいた その時、やっと誰かが入ってきた。


 目をやった先で立っていたのは、雨に打たれたのか、いっそ清々しいほど濡れ鼠(ねずみ)になった智だ。


傘を差してこなかったのかと問おうとしたが、智が手にしていた骨が折れビニールを失った最早 傘と呼んでいいものかも疑わしい鉄屑を傘立てに差した時点で、もう言葉は消えていた。


「カナダでは、雨が降っても傘を差さないそうだ」


 目が合うなり ぼそっ とそれだけ言って椅子に座った智に、どうリアクションしたものか分からない。

ここは日本だろ! とツッコんだところで、見るからに憔悴(しょうすい)している智を救うことはできないだろうと判断した武は、全教科 赤点だったという素晴らしくミラクルな自虐ネタで話題を変えてみることにした。


智の方も、チャラついた見た目通り同じ穴の狢(むじな)だったのかと思いきや、今回 補習組入りが決定したのは最終日にあった数学の時間だけ欠席したからだと返される。


そういえば数学の時間だけカンニング要員がいなかったな とつい口に出してしまった武は、図らずも智に睨まれた。


「とかなんとか言って、受けても受けなくても どのみちだったんじゃねェの?」


「ダマレ。だが、これだけは言っておく。3次式の展開問題で、「ここからどうなるかは誰にも分かりません」って答えた お前よりかはマシな点が取れていたはずだ」


 したり顔と共に かなりダークな闇討ちを仕掛けられた武は、しばらく立ち直れそうにない。


今日は もうこれ以上アイデンティティを崩壊されるようなことはないだろう。

そう 祈りに近い確信を持った武だったが、山と積み上げられた紙を抱え現れた小早川(こばやかわ)から補習は全校生徒中この ふたりだけだと告げられた直後、机を突き抜けて地の果てまで落ちてしまいたくなった。


「それと伊田君、そんな格好のままでは風邪をひくでしょう。着替えていらっしゃい」


 途端、あからさまに顔を顰(ひそ)めた智に、急浮上した武が ほくそ笑む。

それに気づいた智は、小さく舌打ちをして出て行った。


 突如として沸き起こった優越感を楽しんでいると、小早川からプリントの束を差し出される。

かなり分厚い。500枚は確実に ありそうだ。

せっかく上がった心のゲージが かなりのスピードで下降していく様に茫然としていると、ふいに小早川が前の席に座った。


堅物さは そのままに やや憂いを滲(にじ)ませた その顔に、武も自然と上体を起こす。


「この前 転入してきた あなたに こんなことを訊くのもおかしいかもしれないけれど、彼……伊田(いだ)君、寮では どう?」


 “どう”の意味が分からず訊き返すと、小早川は、孤立していないか、頻繁に物が盗まれていないか、不自然な怪我を負ってはいないか等の具体例を挙げてきた。

いずれも第三者により故意的に被害をこうむるかたちのものばかりで、まるで智がイジメを受けているかのような決めつけをはらんでいる。

そう茶化して言ったつもりだったが、意外にも小早川は神妙な面持ちのまま頷(うなず)いたのだ。


「彼はね、“正規ルート”で入学した生徒ではないの。あなたたちのように少年院を経由せず入学した生徒のことを、ここでは皮肉の意味を込めて“外部者”と呼んで差別するわ。犯罪者のレッテルを張られ社会から追放された ここの生徒にとって、あなたたちは、唯一の居場所を奪いにきた侵略者なのよ」


 住処を奪われるかもしれない。

そのような恐怖心が、イジメというかたちで体現されていると小早川は言った。


学内において前科の有無が代々的に公表されることはないが、生徒たちは それを敏感に嗅ぎ分け、1カ月もしないうちに ある程度の体系が出来上がるらしい。

そのため、転入して1カ月を過ぎた智は既に差別対象になっているはずだという。


言われてみれば、確かに智は学校でも そうであるように寮においても浮いた存在だ。

たまにチエや建に捕まって迷惑そうにしているが、それ以外の交流は無い。

それは つまり、イジメられているということになるのだろうか。

しかし、武には、智が普段から好んで一匹狼をしているように映っていた。

それこそ孝臣が言っていた、“一過性の人間関係”を不毛だと捉える思考だ。

それとも、孝臣に似た言動をするからということで勝手に智を括りの中に入れて見ていただけなのだろうか。


 どちらにせよ、小早川がそこまで悲痛な顔をするようなことではない。

意外なところで担任としての気負いを目の当たりにした気がした武は、とりあえず笑っておくことにした。


「まあ、大丈夫じゃね? マジで辛くなったら、助け求めてくるっすよ」


 直後、小早川が机を叩いた。

そのまま硬く握られた拳が小刻みに震えだす。

俯いた顔は、何かを堪えているかのように真っ赤だ。


「それでは遅いのよ……」


 呟いた唇をゆっくりと噛みしめた小早川は、落ちたプリントを拾い上げ机上で揃え直すと、そのまま教卓へ戻っていった。


 程無くして戻ってきた智は、全身 泥だらけになって現れた。

これなら先程の方が何倍もマシだ。

早速 小早川に詰め寄られた智は、新たに持ってきたボロボロの傘をゴミ箱に突き立て、一切 目もくれず着席した。

確かに、小早川が心配するのも分かる気がする。



 前に佐伯(さえき)から聞いた話では拷問紛いな補習ということだったが、確かにプリント地獄ではあったものの、50分ごとに休憩時間が10分あり、1日中 真面目に自習をしていた感覚だった。


それでも6時間目終了を知らせるチャイムで机に伏せた武は、直後に聞こえてきた、残りは明日の朝 提出するように との小早川ズ ジョークを笑い飛ばそうとしたが、やはりジョークではなかったらしい。

数式やら図形やらが波打つプリントが ざっと数えても50枚はある。

とてもじゃないが、今日中に片付けられる代物ではないと抗議すると、小早川は変わらぬ顰(しか)めっ面で武の隣を指さした。

目が合うなり したり顔で残り1枚をアピールされた武は、この悔しさを机にぶつけることしかできなかった。


 未練たらしく骨だけになった傘を手にしかけた智に、今日だけ借りていけ とロッカーの上に置いてあった誰かの置き傘を渡し玄関に下りる。


外は相変わらず土砂降りだ。

これは傘があっても意味がないかもしれない。

そんなことを思いながら下駄箱に近づこうとした その時だった。


 突然、雨音が消えた。

しかし、武の目にはガラス戸越しに雨が見える。


程なくして聞こえてきたのは、後方から出てきた智のスリッパの音だ。

妙にエコーがかったそれが簀子(すのこ)の上を過ぎ、音を変えて暫くしてからだった。


智が下駄箱の前に立ったと同時に、下駄箱が何の前触れもなく“自然に”倒れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。