03 新入り
「ふざけんな!」
放課後、大和の様子を見に保健室を訪れた武と孝臣は、突然 響いた怒声と物音に驚き慌てて部屋に飛び込んだ。
建に殴りかかろうとしていた大和をすぐに取り押さえたが、細身から繰り出されたとは思えないほど強い力で振り払われてしまう。
あわや校内暴力を目の当たりすることになるのかと思いきや、大和は建を睨みつけるなり そのまま逃げるように走り去っていった。
倒れるように座りこんだ建に呼びかけると、大丈夫だ と返ってきた。
しかし、その笑顔は昼間と違い爽やかでも力強くもない。
がっしりとした肩は、大きな溜め息の途端 糸が切れたかのように頼りなくだらりと落ちる。
こんな時、なんと声をかければいいのだろうか。
気落ちした様子の建を見つめ言葉を探していた武だったが、いくら考えても沈黙は重さを増すばかりだ。
やがて上がった顔は、取り繕うように苦笑していた。
「君たちが運んでくれたって聞いて安心したよ。見ての通り誰にでも ああいう粗暴な態度をとるから、みんな怖がって関わろうとしないんだ。まあ、ただの貧血だから、1日 放っておいたってどうってことないんだけどね」
聞けば、建と彼―――伊波大和はルームメイトなのだそうだ。
智も言っていたように、ルームメイトというのは この学園において“班”というかたちで特に重要視されている。
校則違反や寮則違反等 責任を問われる諸事を犯した者を出した班は、関与の有無を問わず連帯責任を取る決まりになっているのだ。
そのため、建は必然的に大和の監視役 兼 世話係をやるはめになったらしい。
因果なものだ。
しかし、大和にまつわる苦労話をする建は、先程までの沈痛な面持ちとは一変して実に明るく生き生きとしている。
中でも強調されていたのは、大和は みんなが思うほど悪い奴ではないということだ。
陰気で近寄り難い雰囲気を出しているのも自分に自信がないことの現れであり、単に自己表現が不得手なだけだという。
「合うか合わないか見た目で判断して、自ら交流の幅を狭めるなんて勿体無いことだと思うんだよね。誰の お導きか知らないけど、折角こうして出逢えたんだもの。どうせなら積極的に関わって、思う存分 勉強させてもらえばいいじゃない。それでもし失敗しても、求めさえすれば やり直しはいくらだってきく。学校は、そのための場でもあるんだからね」
スーパーで買い物を終え部屋に戻った武は、自身と智の靴が片一方だけ転がっているのに気づいた。
どうやら部屋にいるらしい。
テーブルに買い物袋を置き、智の部屋の扉をノックしてみたが、案の定、返事はない。
試しにノブを捻ってみようかと思ったが、孝臣に止められた。
「僕らが忠告を守らなかったから、拗ねているだけだろう。放っておけばいい」
冷めた顔で買い物袋から食材を取り出している孝臣を気にしながらも、扉の向こうにむかって、夕食は作っておくから とだけ言っておいた。
調理を終え夕食を食べていると、智の部屋から物音が聞こえてきた。
しばらくして出てきた智は、目元を窪ませ窶れ果てている。
今朝テーブルに置いておいた鯖の塩焼きが食べてあったのは分かっているが、昼食は どうしていたのだろうか。
しかし、腹の虫が盛大に鳴った時点で謎は解けた。
夕食を勧めると無言で席に着き食べ始めた智を、武はまるで思春期の息子を持つ母親のような心持ちで眺めていた。
となれば、孝臣は威厳溢れる一家の大黒柱か。
図らずも上手い具合に型にはまっている。
毎日お疲れさまです、お父さん と日本酒ならぬ お茶を注ごうとした武だったが、ふと見た孝臣の箸が止まっていることに気づくと、その不機嫌そうな視線の先を辿らずには いられなかった。
「食事を用意してもらって、礼もなしか。とてもじゃないが、共同生活を送る上で大切なことを親切にも忠告してくれた人の行動とは思えないな」
孝臣の言葉に、智の目が上がる。
鋭さを増した その目は、揺らぎひとつ見せることなく射抜かんばかりに孝臣を捉えた。
「その親切を蔑ろにして出て行った お前ら相手に、礼儀も糞もあるか」
たしかに…… と思わず納得した武だったが、孝臣は どうやら そうもいかないらしい。
小柄な身体から立ち昇る怒りの炎に ちゃぶ台返しを予知した武は、慌ててテーブルに張り付いた。
その時、インターホンが鳴った。まさにナイスタイミングだ。
来客だからと ふたりにタイムを呼びかけた後 玄関に飛んでいくと、扉の前に立っていたのは佐伯と小原だった。
「よっ、新入り! 風呂 行くぞー」
グッジョブお前ら!
これ幸いとばかりに暗雲立ち込める食卓に呼びかけると、こちらを窺っていた孝臣は呆れたように背を向けた。
「勝手に行ってくればいい」
早口に そう呟くと、そのまま食事に戻ってしまった。
昨日今日と一緒に行動していて 分かったが、本当に頑固な奴だ。
換気に失敗した武は、これだから東京人は……と溜め息して今度は奥に呼びかけた。
とはいえ、こちらも かなりの頑固者だ。
返ってくる言葉は大方 予測がついている。
それが分かっていながらも、一応は呼びかけてやるという このソーシャル・スキルの高さ。
是非とも見習ってほしいものだ などと思っていると、意外や意外、まさかの「おう」発言。
これには、武ばかりでなく佐伯と小原まで慌てふためき身を乗り出してきた。
いけ好かない外見とは裏腹に、実はノリがいい奴なのかもしれないと見直しかけた武だったが、椅子から立ち上がった智が勝ち誇ったように ほくそ笑んでいるのが気になる。
「そうして一生 拗ねてろ、ガキ」
余計な爆弾 設置しやがった……!
箸が止まった孝臣に背中で睨まれた気がした武は、早々に出立すべく部屋に駆けこんだ。
しかし、着替えを手に出ていこうとした その時だ。
ふと、違和感に気づく。
何かが足りない……。
そうして しばらく視線を漂わせていたところで、武は ようやくそれに気づいた。
無い……。
ハンドガンが、無い。
朝、机上にあったのは憶えている。
扉は施錠してあった。誰も入れなかったはずだ。
―――いや、違う。
そういえば、帰ってきてから鍵を取り出した憶えがない。
つまり、開いていた。
まさか、誰かが持ち出した……?
湧き起こった恐怖に苛まれた武は、血相を変えて食卓に すがりついた。
ハンドガンが―――と言いかけ、智や佐伯たちの視線に はっとして言葉を押し込める。
しかし、孝臣は さすが鋭い。
武の様子から、何が起きたのか おおよその検討がついたのだろう。
すぐに立ち上がり、武の腕を掴んで部屋に入った。
扉を閉めたうえで改めて確認をとってきた孝臣に、ハンドガンが何者かに奪われた可能性があることを告げると、途端に険しい表情が凍りついた。
程無くして胸倉を掴まれた武は、その高圧的な眼に射竦められ壁に押さえつけられた。
「あれは、開発部が製造した特注品だ。銃創学上 人体への侵徹効果を持つとされる12.8J/cm^2に相当する威力は出ないばかりか、弾丸自体 対怪異仕様の物で殺傷性は低い。しかし、万が一にも あれを使って犯罪でも起こされてみろ。銃弾や部品の類から協会を割り出されれば、犯罪を助長したとして糾弾されることは目に見えている。君1人の失態で一体どれほどの人間が迷惑を被るか、解っているのか」
そんなことは解っている。
しかし、そう答えることさえ許されない空間を一瞬にして構築されてしまった武は、口を開くことができない。
憤激を滲ませる瞳から目を逸らさず耐えることでしか誠意を表せない。
管理が甘かったことも、組織の一員であるという意識が低かったことも、弁解のしようが無い。
その通りだ。すべて認める。そのつもりだった。
しかし、人間というものは そんなにも潔い生物ではないらしい。
それまでは、どんなことを言われても受け止められた。
胸倉を掴む手が震え熱を帯びる様に胸を抉られながらも、こいつは口で言っても駄目だと無言で失望され解雇されるよりは遥かにマシだと思えた。
しかし、その口から“浮かれているから こうなる”という言葉を聞いた瞬間だ。
武は、無意識のうちに孝臣に掴みかかっていた。
感覚など、殆ど無いに等しかった。
押し倒し、拳を振り下ろすまでは。
目下で、頬を赤く腫れ上がらせた顔が傾いているのを静止できるようになったのは、智に取り抑えられ しばらくしてからだった。
佐伯と小原が孝臣に呼びかけている。
チエちゃんの所に運ぼう と ぐったりした身体を抱え上げ部屋を出て行った後も、武は震えが止まらなかった。
「ボロが出たな、“新入り”」
そう肩を叩かれた武の手は、自然と首元のチョーカーに伸びていた。




