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be.-存在-  作者: 藤沢あき
ACT02.Madman-01
13/21

02 歓迎会

 4時間目終了を告げるチャイムが鳴った。

礼をし終えるなり崩れるように机に倒れ込んだ(たける)は、さっそくゲラゲラと笑いだした佐伯(さえき)に肩を叩かれる。


「3週間後は中間だぜ? うちの補習は、土日返上で40時間 机に貼りついて延々とプリントを解かされるんだ。俺と小原(おばら)も一ぺん招集されたことがあるが、……あれは地獄だぞ。襲いくる睡魔、モノクロ印刷を見続けることによる眩暈(めまい)・頭痛・吐き気、便所とメシの時 以外に立つことは許されないというエコノミークラス症候群も辞さない劣悪環境に毒されて、しばらくは教科書を開くこともできなくなる」


 佐伯も小原も青ざめた顔で震えている。

完全にトラウマになっているようだ。

これは、何がなんでも赤点だけは回避しなければ。


 と、何やら教室が一気に騒々しくなった。

教室にいた何人かが蜘蛛(くも)の子を散らすように駆け出ていく。


「ゲッ! 変態だ」


 言うなり佐伯は、驚異的な速度で荷物をまとめて小原 共々 廊下に飛び出していった。


すっかり もぬけの殻になった教室に ひとり取り残され茫然としていると、視界の端で誰かが扉越しにヒラヒラと手を振っていることに気づく。

昨夜、展望塔で掃除をしていた寮長だ。


笑顔で手招きしてきた寮長に何故 入ってこないのかと問うと、全クラスで出禁をくらっているらしい。

一体 何をすれば、全校生徒を敵に回せるのだろうか。


「歓迎会をしようと思ってね。本当は昨日やるつもりだったんだけど、君たちの部屋も ついこの前 出禁になったところだったからインターホンも押せなかったんだよ。いや~、力及ばずでゴメンね」


 爽やかな笑顔が余計に哀愁を誘う。

寮長と名乗っていた割に、威厳の欠片もない。

本当に、一体 何をしたのだろうか。

内容によっては、今後 関わるべきかどうかを考えなければならないかもしれないが、武には どうも この男が全校生徒に嫌われるほど悪い人間には見えないのだ。


これといって根拠があるわけではない。

“誰に指示されるでもなく”遺体を片付けていたことや、クロネコが生きていることを残念だと言ったこと等、変わっていることには違いないだろう。

何を考えているのか分からない奇妙さもあるが、こうして歓迎会をしようと言ってくれている点や、出禁を律儀に守っている点等、“長”らしく気にかけてくれているようで どこか憎めない。


歓迎会と言ってもこの通りの有り様なので孝臣(たかおみ)を含めて3人だけだが と遠慮がちに 言った寮長に、その方が かえって気楽だ と返した武は、笑顔で礼を言った。



 孝臣のクラスでも出禁をくらっているという寮長に代わり孝臣を連れ出した武は、彼の提案で食堂を案内してもらうことになった。


自炊する生徒は(ほとん)どいないとチエが言っていた通り、昼休みの食堂は生徒でごった返している。

文字通り長蛇の列を成している最後尾についた時は、注文カウンターに着くまでだいぶん時間がかかるな と思っていたが、こうして見ていると意外に回転が速い。

数分もしないうちにカウンター端に積まれた盆と箸とを手にすることができた。


「本当は(さとし)くんも誘いたかったんだけど、いないならしょうがないよね。残念だけど」


「知ってるんすか、智のこと」


「勿論! 有名だからね~。いろいろと……」


 それは、前科という意味でだろうか。


思わず青ざめた武の横から、孝臣がストレートに智は何をして捕まったのかとの質問をぶつけた。

武はすかさず、そんなことは別にどうでもいいだろう と吠えたが、寮長から、別に前科がどうこうで有名なのではないと聞くなり慌てて口を閉じた。

僅かでも智に凶悪犯のイメージを持っていたことを恥じたが、加えて寮長が、前科で言うなら佐伯のほうが なかなかにヘヴィだと言った途端に凍りつく。


「なんと言うかまあ彼、かなりイケメンじゃない? それで、女性教員は勿論のこと、その筋の方々が結構 騒ぎ立ててるんだよね」


「その筋って……?」


「そこは追究しなくていい」


 元はと言えばお前が追究したんだろうと孝臣を睨む武だったが、孝臣は素知らぬ顔でカウンターに出てきた麻婆豆腐を盆に乗せて寮長に付いていってしまった。


「あら、武く~ん! 来てくれたのね」


 厨房から顔を出してきたのはチエだ。

本当に寮母と食堂を掛け持ちしているらしい。

しかも両方メインでやるなんて、なかなか出来るものじゃない と素直に称えた武に、チエは実にオバチャンらしいリアクションを返してきた。

こういうノリにホッとしてしまうあたり、滞在期間 僅か2年とはいえ武も だいぶん関西の風土に染まっていたのだなと実感する。


それにしても、メイド服を着たオバチャンが厨房に立っているというのも なかなかに斬新だ。

無論、他の従業員たちは普通に白い制服を着ている。

見る限り全員 男みたいだが、明らかに従業員の装いではないチエのほうがテキパキとして格段に仕事量が多いというのは問題じゃないだろうか。


そんなことを考えていると、突然チエが手を打ち鳴らした。


「ところで武くん、もう お仕事は決まったかしら?」


 学園生活では、もう(しばら)くは聞くこともないだろうと思っていたワードが飛び出してきたことに動揺する。


 なんでも紫山(しのやま)学園では、部活動の代わりに社会復帰の一環として必ずなんらかの仕事に従事しなければならないという決まりがあるらしい。

仕事を行うと賃金が支払われ、そこから学費を支払ったり生活に必要なものを購入したりできる。

そのため、多くの仕事を掛け持ちする生徒もいるらしい。


「昨日、スーパーでお買い物してるところ見てたのよ。武くん、お料理 出来るんでしょ? お昼休みだけでも手伝ってくれると嬉しいんだけどな~」


 そうメルヘンチックなポージングでウインクしてくるチエに、智を襲った惨劇をフラッシュバックさせた武は思わず顔を引きつらせる。

いや、ウインク程度なら まだ良かった。

気づけば厨房や料理待ちの列、更にはテーブル席からも期待の視線を向けられている。

忙しそうな厨房から期待されるのは分かるが、その他の視線は どう考えても悪意があるとしか思えない。


しかし、この絶対に首を横に振らせないぞ とでも言うかのような威圧感に耐えられるはずもなく、持久戦で捻じ伏せられた武は、渋々 (うなず)いた。

途端、弾けるように拍手が沸き起こったが、武の視界の端で、いつの間にか戻ってきていた孝臣が、お前は何をしにここに来たんだ と言わんばかりに冷めた目で睨んでいたことを付け加えておく。



 実は食堂も全席利用禁止になっている と悲しいカミングアウトをした寮長に連れられやって来たのは、食堂の裏手だ。

まさか、校内全域 出禁になっているのではないだろうか―――そんな恐ろしい状況を過らせ表情を曇らせた武に気づいたのか、寮長は底抜けに爽やかな笑顔でこれを吹き飛ばした。

それもそうか と安堵したのも束の間、自室だけはまともに出入りできるからありがたい との耳を疑う発言にカレーごと転びそうになる。

何かもう、いじめや迫害という域を越えている気がしてならない。

もし武が全校生徒からこのような扱いを受けることになれば、どう考えても平常心ではいられない。

協会もバディも親の体裁も何もかもを棄ててでも、ここから逃げ去ろうとするだろう。

つい昨日、学園生活に希望を持ってやって来た武がそんなことを容易に想像できてしまうほど逼迫(ひっぱく)した状況にあるというのに、当の本人は全くもって呆気羅漢としている。

そればかりか、風呂は台所からホースを繋ぎベランダで済ませているとの自虐ネタを誇らしげに披露するところからして何かが違う。

もしかすると本当に変態なのかもしれない……。


 笑えばいいのか、それとも憐れんだほうがいいのか非常に悩ましい空気のなか、思うように食が進まない武の横で平然と完食した孝臣が、ふいに寮長に呼びかけた。

まだ話の途中だったのだが、全く空気が読めていないのはこの際どうでもいい。

なんでもいいからこの空気を根こそぎ取っ払ってくれ と切に願う。


「本題に入りませんか」


 取っ払うどころか、一瞬にして空気が凍りついた。

先程まであれほど爽やかに笑っていた寮長ですら この様だ。


 何か言い知れぬ罪悪感に駆られた武は、土下座する勢いでバディの無礼を詫びようとした。

しかし、思えば『宝楽』の3軒隣で不動産業を営んでいるシゲさん夫婦もそうだったが、“長”が付く奴ほど どういうわけか大らかな人間が多いような気がする。

この“寮長”も例外ではなかった。

まるで、寮長 自ら前座を買って武たちに売りつけていたとでも言うような失礼極まりない発言をした孝臣を(とが)めるでも、ましてや怒り狂って退席するなどということもせず、なんと穏やかに微笑んでみせたのだ。


「本題? ハイハイ、いいよ。それじゃ、何から話そうか」


 もはや武の目には後光が差して見える寮長様を落ち着き払った目で見据えた罰あたりなバディは、あの展望塔にいた異形の生物は何なのか と訊いた。

たしかに、それは武も気になっていた。

人間の顔をした獣の胴体を持つ生物―――あんなものが現実に存在するとは思えない。

しかし、実際に目にしてしまっている。

実在していたことを否定することはできないのだ。


すると、寮長は微笑んだまま ゆっくりと瞬きをした。

まるで、この時を待ち望んでいたとでも言うように。


「ここには、あるはずなのに誰もその所在を知らない、或いは立ち入りを禁じられて人を寄せつけない場所があるんだよ。いつしか それは、この学園の怪談として生徒の間で語られるようになった。《生徒狩り》なんて恐ろしい逸話を添えてね。そうすれば、余程この学園生活に飽いているか命知らずかでもなければ、わざわざ そんな危ない場所に行こうなんて思わない。一種の呪物崇拝(フェティシズム)だね」


「あれが幻だとでも? では訊きますが、昨夜あなたが処分していた“あれ”は何ですか。あれも幻だと?」


「いやいや。あれは、逸話が作り出した羊飼いの幻に呪い殺された可哀想な子羊たちだよ。だから、俺みたいな一般人でも触れるし処分できたんじゃない。逆に言えば、幻だったから“そちらさん”で始末できたんじゃないのかな。―――だよね、武くん」


 何やら暗号めいたやり取りをしているふたりに完全なる疎外感を感じていた武は、思いがけず話を振られたことに驚いて危うくカレーを落とすところだった。

いくら持て余しているとはいえ、このカレー1皿をつくるのに一体 何人の製造者や家畜の生命が関わっていることか。

それを思えば、一滴たりとも落とすことは考えられない。

そんな恐怖にも似た観念から盆をしっかりと固定した武は、真剣な眼差しと一括りにするのもどうかと考えてしまうほど温度差がある ふたりを交互に見てから あやふやに頷いた。

途端、孝臣が一瞬 驚いたように目を見開いたのが非常に心苦しい。


 正直に言えば、あの異形の生物が本当に消えたのかどうかさえ疑わしい。

何故なら、あの時 武は逃げるのに必死で、自分が何をしに来たのかも どういう立場なのかも忘れていた。

攻撃しようという考え自体、浮かばなかったのだ。

それ以前に、異形の生物を撃った最初の1発でハンドガンをどこかへ飛ばしてしまい、攻撃するすべさえ持っていなかった。

そんな状況で、何かができたとは到底 思えない。


仮に、寮長が言うように、異形の生物を始末できた者がいたとするならば、それは後から追って来てくれた孝臣でも、ましてや武が助け出したクロネコでもない。

あの地下空間に、あの場では認識できなかった第三者が潜んでいたとしか言いようがない。


 頷いたものの、やはり この事実を黙っているわけにはいかないだろう。

嘘は、いつか ばれる。

それに、虚栄は巡り巡って身を滅ぼす一端になりかねないということも武には お馴染みのフレーズだ。


孝臣が、本当に異形の生物を滅したのか と訊いてくれたことを幸いに撤回しようとしたが、ここで寮長が更に思いがけない物を出してきた。

遺体が持っていたトランプだ。

クラブの10―――……そうだ。

たしかに、あれはクラブの10“だった”。

しかし、今や数字も絵柄も消え、代わりとばかりに無理に切り裂かれたような大きな穴が開いている。


そんなトランプ“だった”ものをどこか誇らしげに(かざ)した寮長は、その歪な穴越しに武と孝臣を見て笑んだ。


「幻は、“実在するもの”として扱われなければ存在していないことと同義になる。幻が存在するためには、それが在ると信じる者と、実像を作り出すための「鍵」が必要なんだ。で、それがこの「鍵」。見ての通りボロボロだ。これじゃ、もう使い物にはならない。実像を作る術を失った幻は、本来 在るべき処に行ったはずだよ。途中で道を誤っていなきゃね」


 そこで孝臣が珍しく取り乱して、怪異の本来あるべき処とは どこなのか と問い詰めているのを見た武は、ようやく、ふたりが話していた幻というのが怪異のことであることに気づいた。

途端に一緒になって寮長に詰め寄る。


当たり前だ。

怪異―――幽霊や化け物の類は、それこそ社会が生み出した偶像に過ぎない。

しかし、その偶像が人間を鬼に変え“実体”として力を行使している。

それが全てではないにしろ、実害を為している時点で人間社会の秩序を乱す存在であることは否めない。

それを殲滅し、諸悪の根源を絶つという目的で発足したのが外でもない探偵派遣協会コズミックだ。


とはいえ、この企業理念が まるで ごっこ遊びの延長のような、お粗末 極まりない理想主義であることなど言うまでもなく明らかなことだ。

社会が生み出したものを、誰に絶やすことができるというのだろうか。

そんなことは地球が何回まわろうが不可能だ。


人間が生きている限り、或いは人間に代わる“それを信じる者”が実在する限り、怪異が消えることはない。

しかし それは、怪異が在るべき処―――それがこの人間社会であると思っていたことから生みだされた真理だ。

もし仮に寮長が仄めかす可能性があるのだとすれば、話は別ということになる。

つまり、場合によっては悪足掻きの理想主義から、道理を弁えた現実主義に化けるかもしれない。

そう期待した武と孝臣だったが、寮長が上を指すやいなや一気に肩を落とした。


 他に質問はないかと訊かれた武は、いくつか気になることをぶつけてみた。

まずは、何をおいてもこの学園についてだ。


寮長によると、私立紫山学園がある紫山は標高1,252メートルの小高い山で、学園の創設者であり学園長をしている御中(みなか)という男性の所有地らしい。


また、学園長は、ここに来るまでに通った閑散とした山村―――初瀬(はつせ)村の生まれで、寮母をしているチエとは幼馴染みだという。

今では、40を越えてメイド服を着る変わったオバサンだが、若い頃はミス山形に選ばれるほどの絶世の美女だったと聞いて懐疑的にならざるを得ない。

時の流れとは なんと残酷なものだろうか。


「知っているとは思うけど、在校生の殆どが前科者なんだ。その多くは、親にも社会にも受け入れられず、少年院を出てからも行き場がない可哀想な子どもたちでね。世間では、この学園のことを《子捨て山》って呼んでるみたいだね。でも、そういった経歴や、部活動の代わりに社会復帰に向けたアルバイト制度、学年で年齢にバラつきや偏りがあること以外は、普通の私立高校と そう変わりないんだよ」


 充分 大きな違いだと感じる転校生ふたりとは違い、さすが在籍3年目ともなれば寛容なものだ。

加えて、学年でバラつきがあるとのことだったが、内訳を訊いてみると、16歳から20歳までが在籍しており、9月時点での全校生徒数は、なんと64名しかいないらしい。

しかし、これは裏を返せば少年院出の者、あるいは大多数がそういった者で構成されていることを知りながら入学した物好きが64名もいるということだ。

そもそも特殊であることに変わりない。

一般的な学校と比べること自体が不毛なのかもしれない。


また、教職員数は15名で、年齢層は比較的 高めだという。

創設以来の古株揃いなのかと思いきや、寮長が知る限りでは5年以上この学園で教鞭を執っている者はひとりもいないらしい。

定着しないというよりは、定年を目前に他所でお払い箱にされた者が多いからというのが真実なのかもしれない。

そのため、小早川(こばやかわ)のような若い教師は本当に珍しいという。


「そういえば、彼女は確か1年前に赴任してきたんだっけ。美人だけど、性格があれだから ちょっと取っつき難いよね。でも、ああいう堅物そうな先生に限って、意外と押しに弱かったりするんだよね。「いけないわ、武くん! 生徒と教師が、こんなこと……」とかなんとか聖職者ぶってるくせに、ちょっと口を塞げば……」


「卑俗な妄想で食後の綽然(しゃくぜん)とした空気を害さないでいただきたいのですが」


 孝臣が やけに聖人ぶるので つい からかいたくなった武は、じゃあ夜ならいいのか と阿吽ほどに決まりきった常套句を持ち出した。

自棄になって突っ掛かってくるかと思いきや、逆に冷めた目で軽蔑されてしまう。

今後、孝臣に健全な妄想ネタはタブーだと心得ておこう。


 他に気になったことといえば、やはり智のことだ。

出逢いが衝撃的だっただけに自己紹介ができていないのは仕方がないことなのかもしれないが、これからルームメイトとして付き合っていくのだ。

どんな人物なのかは気になる。


寮長によると、智は先月の上旬頃に転校してきたらしい。

出身は高知らしいが、奇妙なことに、ここで着用している やたらと黒い学生服は青森にある私立中学校のものだという。

何故また青森、しかも中学校の制服なのだろうか。

その理由は定かではないが、何か武たちには計り知れないこだわりがあるのかもしれない。

しかし、寮長から、クールな割に意外とコスプレ好きなのかもしれない との見解が提示された時点で笑い話に終わった。


また、智が愛飲しているという『BAN-HOT』は、初瀬村で酪農をしている板東(ばんどう)という農夫が昔の好で製造している学園オリジナル商品のため、市販は されていないとのことだ。


「そういえば、この前 智くんが寮の自販機で秋冬限定販売のホットを買っていたけど、思いの外 熱かったみたいだね。ちょっと可哀想なことになっていたよ。チエちゃんは、喜んで介抱してたけどね」


 容易に画が浮かんでしまうあたり、意識しないうちに自己紹介はされていたらしい。


 チエにしてもそうだが、どうやら智の女性人気は並大抵のものではないらしい。なんでも、転校してきてからの3週間、職員室のご婦人がたの間で話題に昇らない日はなかったほどだという。

確かに言われてみれば、武ほど高身長というわけではないにしろスラッとして、顔立ちや雰囲気も今時な、いかにも婦女子受けしそうだ。

それでいて、クールを気取っている割に少し抜けている。

このギャップが またいいのだろうと、これは寮長の見解だ。

武にしてみれば、見た目や雰囲気をつくるばかりで内面が伴わない偽男のどこがいいのか まるで理解できない。


「でも、安心してね。話題性で言えば、君たちのほうが上だから。頭から爪先まで凛とした佇まいに時折 見せる哀しげな横顔がミステリアスな美少年と、長身な体躯と均整がとれた逞しさを印象づけながら料理が得意という意外性が魅力的な好青年―――タイプの異なるふたりが、またこんな山奥の全寮制高校に転校してくるなんて面白いじゃない。まさか、“駆け落ち”なんじゃないか……とか」


「ハァァァ!?なんすか、それ!?そんなわけないじゃないすか! 美少女となら まだしも、いくらなんでも男と駆け落ちはないっすよ。つーかオレには、大阪で待たせているフィアンセがいるんで。こんな、女と手も繋いだこともなさそうなガリ勉の兄と添い遂げるつもりはないっす」


「誰がガリ勉だ、骨無し男! こっちから願い下げだ。それに、妹は君のフィアンセじゃない。待ってもいない!」


 早速 息が合っていると評されるなり、孝臣はすこぶる不機嫌そうにそっぽを向いた。

しかし、どうやら本気で嫌われたわけではなさそうだ。

なんとなくこの偏屈男とのコミュニケーションの取り方が分かったかもしれない。

そう安堵した武だったが、逆襲とばかりに孝臣が佐伯の経歴について訊ねたことで立場を悪くする。


確かに気になってはいたが、クラスメイトだ。

これから毎日 顔を合わせるというのに、犯罪者のイメージが定着してしまえば何かと不都合だと訴えたが、それは武 次第だろうと返されてしまった。


見かねて割って入ってきた寮長は、それなら触りだけ と言って話はじめた。

それによると、佐伯惟近(これちか)は、中学生の時にクラス担任をしていた男性教諭を暴行した挙句 殺害。

地元では以前から札付きの悪として有名だったうえに、殺すつもりだったと自供したことで暴行致死罪で収監されたらしい。

当時の報道では、佐伯がいかに暴力的で手に負えない生徒であったかを面白おかしく紹介するばかりで、その動機については一切 語られることはなかった。

しかし、実際はその男性教諭が佐伯の友人に教育者ならざる嫌がらせを執拗に行い自殺未遂に追い込んだ報復によるものだという。


また、佐伯とよく一緒にいるという小原(あきら)にも前科がある。

とはいえ、寮のラウンジで得た印象通り人一倍臆病だという彼が主体的に何かをしたというわけではないらしい。

ただ、関与した事件が大きすぎた。

とある暴力団組織と繋がりがある友人に誑かされ、脅されるままに麻薬取引に関わってしまったのだ。

ひとり逃げ遅れた小原は、張り込んでいた警察によって現行犯逮捕された。

未成年者が麻薬取引に関与すること自体は大して珍しいことではない。

ましてや利用されたことは明白であったため、本来ならさして取り沙汰されるはずもなかっただろう。

しかし、小原が某有名企業 社長のひとり息子であることが割れるやいなや、企業非難に飢えたマスコミが過剰に騒ぎ立てたのだ。

結果、当然のように倒産に追い込まれ、莫大な借金を抱えることになった小原の両親は小原を置き去って行方を眩ませたらしい。


「ここには、本当に いろんな経歴の子たちが流れ着くんだ。そして みんな、罪科以上に大きな心の闇を抱えている。社会、学校、親からも見捨てられて……。中には、戸籍すら持たない子もいるよ。そういう意味でここは特殊なのかもしれないけど、10代の子が通う“学校”であることには変わりないんだよね。ここに来た理由は千差万別だろうけど、もう一度 学生をやりたいと思った その気持ちは同じでしょ。俺が話したことをどう捉えてもらっても構わないけど、それだけは忘れないでね」


 そのままトランプを投げ捨てた寮長は、想像以上にヘヴィな話にすっかり委縮してしまった ふたりの肩を交互に叩いて一際 楽しそうに笑った。


「それで、君たちはこれからも学園に巣食う幻たちと対峙していくつもりなんだよね? じゃあ、どうせなら結託しない? 俺が情報を集めるから、君たちは その情報をもとに現地で調査して、あわよくば幻たちを始末しちゃってよ。そうすれば俺も、比較的早い段階で掃除屋としての仕事を終わらせることができる。―――どうかな、保護者さん」


 そう顔を覗きこまれた孝臣は、嫌悪感を(あら)わに寮長の手を払い除けた。


 寮長の言い方では、どうやら この学園には昨夜のような怪異が多く存在しているようだ。

それが、生徒らが畏怖する怪談と何かしらの因果関係を結んでいるらしいことも分かった。

しかし、怪談を知っただけでは怪異を消すことはできない。

怪異を消すには、それを実在するに至らしめた「鍵」がどういったものなのかを知る必要があるのだ。

それを知るすべがない。


仮に怪談が示す所にあるのだと仮定して調査に繰り出せばその「鍵」探しに追われ、下手をすれば怪異と終わりなき無謀な戦いを繰り広げなければならなくなるかもしれない。

それは詰まるところ、こちら側にかなり歩が悪いデスマッチというわけだ。

いくら輝かしい高校生活を思う存分満喫したいとはいえ、それはない。


そもそも、武が何をしにここに来たのかといえば、このところ学園内で頻繁に確認されているという瘴気の原因を突き止めることも勿論そうではあるが、第一に何を置いても高校生としての神山(かみやま)武を楽しむためだ。

たかが上層部の気紛れのために殉職してやる義理はない。

それは、孝臣にしても同じはずだ。

ならば、答は最初から決まっている。


とはいえ、こいつは いかにもプライドが高そうだ。加えて、やけに警戒心が強い。

さて、どう説得したものか と無い知恵をフル動員して思案しかけた武だったが、思いがけず孝臣が寮長の提案に同意したので思わず呆気にとられてしまった。

昨日だけで このバディの頭の硬さは充分に理解できたと思っていただけに、どうも腑に落ちない。

しかし、何はともあれ契約は成立したのだ。

これで、高校生活とエージェントの二足の草鞋(わらじ)を履いて歩く余裕が生まれた。

そう言葉にせずとも滲み出てくる喜びを抑えきれず小さくガッツポーズすると、これが思いの外 感情 丸出しだったらしい。

まるでおもちゃで遊ぶ仔犬を見ているような慈愛に満ちた目と、まるでゴミ箱を漁るゴキブリを見ているような軽蔑に満ちた目という全く異なる感情を一身に受けるはめになった。


 バディからパーティになったからには単独行動は厳禁だとした寮長は、情報が揃い調査の目途が立つまで動かないよう早速 指示を出してきた。

これをいいことに寮長に おんぶにだっこでいこうと画策していた武は最初からそのつもりだったが、孝臣は心なしか不服そうだ。

しかし、仕事は早いつもりだ と自信たっぷりに胸を叩いた寮長に(しか)め顔ながら小さく何度か頷いた。


また、正体がばれないように今後はコードネームで呼び合ったほうがいいとの指摘を受ける。

何やら本格的になってきた。

そしてこれも寮長の提案で、トランプに準え学園におけるイレギュラーという意味で、孝臣は《ジョーカー》、武はジョーカーの絵柄として描かれることが多い《クラウン》と呼ぶことになった。


「文字が欠けても絵柄が欠けても1枚のカードにならない。ふたり揃って はじめて最高の切札(ジョーカー)になれるってわけ」


 なかなかいいっしょ? と おどけて見せる寮長。

孝臣は心底うんざりと鬱陶しい顔をしているが、武としては これ以上にないエッセンスだ。

楽しくて仕方がない。


「それでいくと、そっちも何かあったほうがいいんじゃないすか?」


「いやいや。俺は現場に出ないから、普通にタツ兄とかでいいよ。普通にね」



 寮長―――賀茂建(かも たつる)と食堂前で別れた武は、ふと智が戻っているかどうかが気になり寮に帰ってみることにした。

孝臣は昼休みが残り少ないことをやたらと気にしていたが、それでも付いてきてくれるあたり、そんなにまで薄情な奴ではないのかもしれない。

そんな道すがら、建を信用してもいいのか、そもそも建とは一体 何者なのかといった話になった。


なんでも孝臣によれば、昨夜から本部と連絡がとれないらしい。

武は すぐに機械の故障だろうと決めつけたが、どうもそうではないらしい。

単なる故障なら直せるらしいが、そもそもチューニングが不可能だという。

いくら関東支部から遠く離れた山の奥地にいるとはいえ、本部からの周波数がキャッチできないはずはないのだそうだ。

その点、武との通信では何ら問題はない。

よって、機械の故障とも通信異常とも断定できないという。


通信できない時点で調査を続行するのは困難だ と神妙な顔をする孝臣が居た(たま)れなくなった武は、その薄い背を叩いた。

上がった小さな顔に向け笑いかける。


「このミッションで手柄 立てて、ランクS取得すんだろ。じゃあ、徹底的にやろうぜ。これ以上 被害者が出る前に みんな殲滅して、胸張って帰るぞ」


 すると孝臣は少し驚いたように瞬きした後、呆れたように小さく笑った。

そう、笑ったのだ。

ここに来て やっと見ることができた。

少しはバディとして認めてくれたのかもしれない と期待したのも束の間、別にこんな たかが調査如きのミッションで昇格しようとは思っていない と冷たく突き返されてしまった。


 寮に差しかかったところで、意外な人物に遭遇する。

昨日、エレベータで印象の悪かった男だ。

たしか、大和(やまと)といっただろうか。


すると、目が合った途端 何やら頭を抱え震えだした。

明らかに様子がおかしい。

程なくして倒れた大和に駆け寄ると、顔が真っ青だ。

おまけに痙攣まで起こしている。


「とにかく保健室に運ぼう」


 孝臣に頷いた武は、急いで大和を抱えるなり通りかかった生徒に声をかけて保健室に案内してもらった。

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