01 高校生初日の朝
目覚めた そこが自室だと分かるまでに、武は何度も荒い呼吸を繰り返していた。
酷い夢だった。
智が悉く災難に遭い、挙句の果てには倒れてきた下駄箱の下敷きになって死亡するという夢だ。
恐らく、昨夜 凄惨な現場を目にした影響によるものだろう。
智が出てきたのも、忠告を無視して寮を抜け出した負い目からきているに違いない。
たかが夢とはいえ胸糞が悪いと普通の人間なら舌打ちする程度だろう。
だが、武の場合はそうもいかない。これは云わば、犯行予告のようなものだ。
汗でじっとりと濡れた髪を掻き上げ起き上がった武は、すぐそばにある時計を手に取った。
―――6時だ。
目覚ましが鳴るまで あと30分あるが、さすがに二度寝する気にはなれない。
ベッドを下りるなり軽くストレッチをする。
そういえば部屋にテレビが無いなと視線を彷徨わせた先に机上のハンドガンを認め手に取ると、予想に反して軽く持ち上がったことに驚く。
昨夜 撃った分、軽くなっているのは当たり前のことだ。
しかし、そんな当たり前のことを思い出すまで、武には分からなかった。
これが、相手を傷つけるための道具に慣れてしまった奴の感覚なのかもしれないと思った。
朝食を作っていると、孝臣が部屋から出てきた。
もう制服を着ているのか と問われた武は、フライパン片手に笑みを浮かべる。
「俺、学ランって ちょっと憧れてたんだ、カッコイイし。中学はブレザーだったし、しかも ほとんど着てなくてさ。つーか、そう言う お前だって もう着てんじゃん」
動きやすさを重視して裾を短くした武とは対照的に、孝臣は裾が長いまま しっかりと前を閉じている。
見るからにガリ勉だ。少年院の世話になった奴らで構成されているここでは十中八九 浮くぞ と言ってやると、不機嫌そうに眉を顰められた。
これだから東京育ちは……と、神奈川育ちの武が嘆息したところでツッコんでくれる者は誰もいない。
鯖の塩焼きを皿に移しながら、孝臣に智を起こすよう頼むと、朝早く出て行ったと返された。
玄関を見ると、智の物らしき靴が片一方だけある。
奇妙に思いよく見てみると、武の靴が片方無い。
靴を履き違えて出ていくほど何に慌てて出て行ったのかと疑問を口にすると、孝臣は欠伸をしてから、呆れたように肩を竦めた。
予定通り始業20分前に職員室を訪れた武と孝臣は、入ってすぐ目が合った教師に それぞれ別の担任を紹介された。
2年生は総勢20名で、2クラスに分かれている。
武が所属することになった2組の 担任・小早川は、若そうだが堅物メガネに七三分けとまるで隙が無い、これぞ女性教師といった身なりだ。
実際、2階にある教室に着くまで軽く校舎内を案内してもらったが、その間、一切 冗談めかした発言は無かった。
学校とは、こういう感じだっただろうか。
小中とまともに学校へ通っていなかった武には、照らし合わせる記憶もない。
あるのは、同い歳の奴らが机を並べて勉強するイメージ。
チャイムや時間割により管理され、成績や制服により統制された特別な場。
勉強をするために集まっているにも関わらず、通っている者の目的や意識は様々で、集団であることに重きを置きながらも個を育めという矛盾に順応している。
そんな奇妙な環境から逃げた過去を悔むようになったのは、本当にここ最近になってからだった。
紫山学園の校舎は鉄筋コンクリート4階建ての頑丈そうな建物で、昨日 見た校内図ではコの字型をしていたのを憶えている。
階段や便所があるフロアの両端から直角に教室がある棟と実習室がある棟とに分かれているため、場所も すぐに憶えられそうだ。
小早川の紹介で教室に入った武は、拍手で迎えられた。
ドラマなどで よくある、黒板に名前を書かれるといったことはなく、名前と、ありがちな常套句のみで淡々と紹介された後、一番 後ろの席を指し示される。
10人分の視線に曝される高揚感に酔いながら綺麗に1列 並んだ机の窓側に着いたところで、突然 名前を呼ばれた。
見ると、前の席にいるのは佐伯と小原だ。
同じクラスだったかと軽く挨拶したところで、教卓からの咳払いに苦笑する。
この なんとも言えない感覚が たまらない。
座ろうとしている窓側の席は伊田という生徒の席だと言われた武は、頭を掻く古典的な表現で ひとつ隣の席に座った。
室内や、窓から見える森や山にニヤついていると、ふと小早川が“伊田くん”を連呼しているのが耳に入ってきた。
どうやら出席を取っているみたいだが、当の伊田という生徒は見ての通り来ていない。
それは、出席簿を手にしている小早川にも見えているはずだ。
しかし、何故か呼びかけは続く。
そうして暫くしたところで、小早川と視線が合った。
「伊田君は どうしたの? あなた、ルームメイトでしょう」
問い詰めるような険しい表情に気圧され動揺する武。
まさか、智のことを言っているのだろうか。
今更ながら、智が伊田という名字であることを知った武は、そのまま首を傾げようとしたが、眉を釣り上げた小早川の目が何かに怯えるように小さく揺れているのが見えた途端、はたと気がつく。
脳裏を過ったのは、展望塔で見つけた3人の遺体だ。
少し迷った後、武は傾きかけた首を持ち上げ小早川の目を見つめた。
「そういえば、朝、ちょっと調子悪いから遅れるかもみたいなこと言ってた……かも」
すると小早川は、はっとして何度か瞬きをしながら目を伏せた。
「そう……寮にいるのね」
そう微笑んだ唇は、僅かに震えていた。




