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be.-存在-  作者: 藤沢あき
ACT01.Transfar Students
11/21

04 タツル

 梯子(はしご)を下りるにつれて、生ゴミを腐らせたような おぞましい臭いは濃度を増す。

恐らく この先には、エレベータに積まれていた あの3人の遺体よりも腐敗の進んだ遺体があるのだろう。

それも、大量に……。


 異様な熱気も手伝って汗ばむ額を拭ったところで、ようやく地表を認めた。

慎重に足を伸ばし、つま先で着地点を確認する。


ゴーグル越しの視界が、やけに赤黒い。

やはり、故障だろうか。

いくら今回 限りとはいえ、装備くらい動作確認済みのものを支給してほしいものだ。


溜め息まじりに暗視モードを解除してみると、妙なことに武骨な岩肌が くっきりと見える。


電球が等間隔に突き出し、宝楽20軒分くらいはある広々とした洞窟を暗くなりすぎない程度に照らし出しているのだ。


怪異は暗所に潜んでいるとは あまりにも有名な話だが、もしここが奴のネグラだとすれば、奴らに対する我々の認識は誤っていたのかもしれない。


もしかすると通説を覆す世紀の大発見なのではと呆気にとられながら歩を進めたところで、軽石か何かを蹴り飛ばした。何かと思い視線を下げて目に飛び込んできたものに、固まる。


―――骨だ。


直後、這い上がってきた恐怖に(たける)は思わず飛び上がった。


 足元から先、地表を埋め尽くすように、ボロボロの布を巻いた人骨らしきものが転っている。

無造作に、それも大量にだ。


覚悟していた つもりだったが、いざ目の前にすると おぞましい。

これが もしサスペンスホラーものの洋画なら、死亡フラグが立つのを確信できる。

叫ばなかった自分を褒めてやりたい。


とはいえ、探偵派遣協会コズミックにおいて、長年 重役を張っている神山(かみやま)家に脈々と受け継がれてきた血の為せるわざだろうか。

いや、そもそも脊椎動物みな肉皮を剝いだら骨じゃないか、つまりは自分も骨じゃないか と冷静になってきた武は、自然と梯子に伸びていた手を胸の前で合わせ合掌した。


 こういうものは あまり まじまじと見るものではないのかもしれないが、確認のためだ。

1番 分かりやすい頭蓋骨に目を落とす。


やはりだ。

目や鼻、歯が残るはずの口等、いわゆる顔の部分が重点的に()()()()()()

白骨化してから崩れたという可能性も考えられるが、果たして ここまで粉々になるものだろうか。


ホールで見た遺体の状態を考えても、他の“頭蓋骨らしきもの”を見た限りでも、これが白骨化する前に―――つまり、殺害前後に故意的に潰されたとしか考えられない。


と、考察していた その時だ。地の底から響くような唸り声が聞こえた。

武は はっとして顔を上げたが、その時点で すでに相手は鋭い爪を剥き出しにして飛びかかってきていた。

避けられるはずもなかった。


巨大ハンマーでも振り下ろされたのかと思うような衝撃に吹き飛ばされた武は、梯子に背を強打し尻から倒れる。


大丈夫。意識は、はっきりとしている。

打ちつけた背と尻が、じんわり痛むくらいだ。


ただ、この特殊防護服と防弾チョッキが無ければ完全にアウトだったに違いない。

武を受け止めた あたりなのだろう梯子の一部分と壁が損壊している。

それほどの衝撃だったということだ。


 起き上がるなり武は、こちらを見据える異形の生物に銃口を向けた。

そのまま引き金を引けば、この距離だ。

銃の扱いに慣れていないとはいえ、確実に この化け物の顔なり足なりを撃ち抜いていただろう。

それが できなかったのは、銃口を向けた顔が泣いていたからだ。


眉を(ひそ)め、苦悶の表情で嗚咽(おえつ)していた。


「っひ……は、犯罪者メ! オ、オ前ラ ナンテナア、生キル価値モ無インダヨ! ミ、ミンナ……ミンナ死ネバイインダ……ヒヒ……ヒヒヒヒヒヒ……!!」


 振り下ろされた前足を間一髪のところで避けるが、次いで襲いかかってきた もう一方の足まで避けることは できず、直撃を食らう。


散乱する骨の山に突き飛ばされた武は、打ちつけた頭を庇いながらもハンドガンを構えようとした。

ところが、降ってきた前足に腹を圧迫され、それどころではない。


どうやら この防弾チョッキは、瞬間的な衝撃には強いが、継続して加圧されると形態が維持できないらしい。

欠陥だらけではないか。これで、よく怪異を殲滅(せんめつ)させるなどと言えたものだ。


 肋骨が悲鳴を上げたところで、ようやく その前足に向かって発砲することができた。

見事 突き刺さった弾に咆哮し飛び上がる異形の生物。

しかし、飛んだのは そいつだけではない。

引き金を引いた途端、かなりの衝撃を生みだしたハンドガンは武の右手を離れどこかに飛んでいってしまった。

やはり、片手撃ちは無理が あったかと、まだ衝撃が残る手を(かば)い上体を起こした その時、何かが落ちた。


―――遺体が手にしていたトランプだ。


無意識のうちに持ってきていたらしい それを拾い上げようとした武だったが、手を伸ばした先で何か黒いものが動いていることに気づく。


地面を這うようにしてトランプに近づいてきたのは、なんとあのクロネコだ。

もう立てなくなるほどボロボロの身体で武の手に寄り添った そいつは、そこで動かなくなった。

小さな身体が、大きく呼吸しながら小刻みに震えている。

黄色い瞳が閉じるのも時間の問題だ。


 咆哮が激しさを増した。

怪異が振り上げた前足が、血を降らせる。

血走ったその眼がクロネコを捉えていることを察した武は、咄嗟(とっさ)にクロネコを掴んだ。


振り下ろされた前足は、辺りを覆った砂塵から、クロネコを手に遠ざかる。


目標を見失った相手は、すぐに追ってくるだろうと思った。

しかし、どういうわけか、しばらくして晴れだした砂塵から現れたのはライフルを手にした孝臣(たかおみ)だ。


追ってきてくれたらしい孝臣は、緊迫した表情で辺りを見回している。


「あの異形は、どこに行った?」


 問われたが、答えられるはずもない。

視界を遮るものが無くなった そこに、あいつの姿はなかったからだ。

確かに先程まで、丁度 孝臣が立っている所にいた とだけ言うと、孝臣は怪訝そうに眉を顰めた。

ふと、その目が足元に落ちる。


孝臣が拾い上げたのは、あのトランプだ。

異形の生物によってなのか裂かれたように歪な穴を開けた それは、あの生物が確かに存在していたことを証明している。

そして奇妙なことに、それからは、最後に見た時には きっちりと描かれていた絵柄や文字が消えていた。

インクが剥げたのだろうかとも思ったが、傷ついていない文字の所まで綺麗に消えているというのは やはり妙だ。


いや、そんなことよりも このクロネコを助けることのほうが先だ。

そう立ち上がり梯子に向かおうとしたところで孝臣に掴みかかられた武は、勢いよく頬を叩かれた。


ジンと痛む頬に驚きながらも文句を言おうとした武だったが、自身を睨んだその瞳があまりにも真っ直ぐだったことにすっかり気圧されてしまった。


そのまま武を突き飛ばした孝臣は、ビンタの理由も明かさないまま、ライフルを抱え梯子を上っていった。


確かに、バディを無視して ひとり突っ走ったのは悪かったとは思っているが、それならそうと口で言えばいいだろう と何か腑に落ちない物を感じつつも、ハンドガンを拾い上げた武は後を追った。


 ホールに出てきた武は、とっくに扉に向かっているだろうと思っていた孝臣が立っていることに気づいた。

もしかすると待っていてくれたのかもしれないと思ったが、その予想は大きく裏切られた。


こちらを見ないまま、引っ込むよう指示される。

ライフルを構えていることから察するに、どうやら向こうに敵がいるらしい。


ゴーグルを暗視モードに切り替えた先―――確かに、人らしき影が見える。

孝臣が鋭く静止を叫ぶと、影は止まった。どうやら言葉は通じるらしい。


すると、程なくして小さく笑い声が聞こえた。

それは実に爽やかで、とてもじゃないが銃口を向けられた状態で発せられるものとは思えないほど明るい。


「いや~、失敬 失敬。君たちがあまりにも必死なものだから、つい笑ってしまった。悪気は無いけど……ゴメンね」


 そう笑った男は、降伏するとばかりにその場で両手を上げた。

戦う気はないらしいが、孝臣は尚もライフルを構えている。


一体 何者なのだろうか。

表では、あの鎌男が うろついている。

その目を掻い潜って ここにいるということからして、ただ者ではない。


そうして 得体の知れない男を睨んでいた武は、ふと、男の足元に布のようなものが落ちていることに気づいた。


いや、違う。落ちているのではない。

布から見えているのは、足だ。


まさかと思い梯子を蹴り飛び出すと、案の定 孝臣から怒声が飛んできた。

構うことなく駆けた先で、武は確信を得た。


やはり、布に包まれているのは、あの3人の遺体だ。


遺体をどうするつもりなのか―――そう訊くと、男は まるで想像もしないことを聞かれたとでも言うように目を見開き訊き返してきた。

そんなにも おかしなことを言っているとは思わないが、ここまで意外そうな顔をされたのでは、自信が無くなってくる。

自信の無さは声と棒読みの台詞によって表現され、終いには男を笑わせてしまった。


「まさか、このままにしておくわけないでしょ。放っておいたら腐敗が進んで、余計 処理が困難になるからね」


 そう言った男の傍には、バケツやモップ、塩素系の漂白剤やゴミ袋などを積んだ台車が置いてある。

頭と同じ高さにある手にはゴム手袋、黒いエプロン―――――。

まるで、これから掃除するとでも言わんばかりだ。

つまり、男が言う処理とは、事件現場を片付けるという意味か。


誰かに頼まれたのかと訊ねると、男は またもや楽しそうに笑った。


「君、面白いこと言うね。それは、質問じゃない。俺が、彼らを殺した殺人犯と顔見知りであると決めつけているのと同じことだよ。そんな狭い視野じゃ、この先 苦労することになるよ、武くん」


 思いがけず名前を呼ばれた武は、動揺を隠せない。

次いで男は、孝臣にライフルを下ろすよう促した。

しかし、この状況で警戒を解けるはずがない。


武たちが学園に着いてから、まだ半日も経っていない。

学園までの交通機関の関係で “転入日”を前倒して入寮したが、到着が遅れたこともあり、クラスメイトどころか教師にも挨拶していない状況だ。


この短時間で言葉を交わした人物も、極限られている。

無論、この男に自己紹介をした憶えはない。

それにも関わらず、何故 自分たちの名前を知っているのか。


 訝しんでいると、男は何故か得意げに口の片端を上げ、ゆっくりと手を下ろした。

その手がエプロンに突っ込まれた途端、孝臣が離れろと叫ぶ。

叫ばれるまでもなくバックステップで距離を取った武だったが、程なくして現れたのは、掌サイズの四角い物だ。

黒い縁取りには男の顔写真と名前らしきもの、細々とした文字が並ぶ1番下には、“私立紫山しのやま学園”と印字されている。


「どーも、どーも。寮長やってます、3年の賀茂(かも) (たつる)で~す。落ちぶれた学園に ようこそ、子羊ちゃんたち」


 男は言い終えるなり、ゴム手袋が音を立てるほどの勢いで明後日の方向を指し示した。

この、温いのか熱いのかよく分からない なんとも言えない おちゃらけた挨拶に、武も孝臣も警戒心を忘れ呆気にとられる。


全寮制の学校に通ったことはないので武には寮長という立場が よく分からないが、何でも“長”が付くと“偉い”“真面目”といったイメージが浮かぶ。

ところが、この男はといえば どうだろうか。

孝臣の微妙に引きつった顔が示す通り、とてもじゃないが“長”がもたらすイメージに直結しているようには思えない。

それとも、少年院出の奴が集まる中では、そのボーダーラインも自ずと下がるのだろうかと偏見紛いなことを考えていた その時だ。


急降下で向かって来た男の手が、ゴム手袋の衝撃音と共に武の右手を掻っ攫った。

一瞬 脳が吹っ飛びそうになるほどの恐怖を覚えたが、これは握手だ。

ひんやりとした手袋 越しに、グッと握り込まれる。


「何はともあれ、早い段階で ここを掃除できるようになって良かったよ。これも、君たち勇敢な転校生のおかげだね。……あ。死体 触った手袋のまま握手しちゃったよ。いや~、失敬 失敬」


 言いながら、台車から取り出した漂白剤を吹きつけてくるという奇行に絶叫する武。

驚きのあまり、危うくクロネコを落とすところだった。


血相を変えて飛んできた孝臣が、明らかに皮膚が溶けヌメヌメとしている手からグローブを外し、台車から取り出した水と書かれた容器を吹きつける。

慌てなくても、漂白剤はアルカリ性だから大丈夫だと暢気に笑う男に、軽く苛立ちを覚える。


 ふと、男の目がクロネコに落ちた。それは死体かと問われた武は、返答に詰まる。

すると、何度か頷きながらゴム手袋を外した男は、ぐったりとして動かないその頭に手を当てた。

しばらくして、つまらなさそうに息を吐く。


「まだ生きているみたいだね……残念だけど」


 残念とは どういう意味だと睨む武に意味深な笑みを浮かべた男は、再びゴム手袋をはめた。


「チエちゃんの所に運んであげなよ。治療は彼女の得意分野だからね」


 漂白剤とモップを手に背を向けた男の先には、遺体が積んであったエレベータだ。その床には、(おびただ)しい血の痕が残されている。

ふいに振り返った男は、“因みに”として、鎌を持った野蛮な警備員は もういない と言って腕時計を見せてきた。

12時を過ぎると消えるらしい。

だから、安心して寮に戻るといいとだけ付け加えて作業を始めた。


いろいろと言いたいことも訊きたいこともあったが、手の中のクロネコが小さく震えた気がした武は、同様に何か言おうと口を開きかけていた孝臣に呼びかけ、展望塔を飛び出した。


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