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be.-存在-  作者: 藤沢あき
ACT01.Transfar Students
10/21

03 クラブの呪い

 10時になった途端、どこからか哀愁漂うオルゴールが聞こえてきた。

低木に身を隠し、慎重に音の出所を探る。


隣の孝臣(たかおみ)が すっと指さしたのは、校内の ど真ん中に鎮座する噴水だ。

そこから天に向かって伸びた棒の先に、スピーカーが付いている。


間もなくしてボリュームが下がり、少し高めの男声が聞こえてきた。

その流れるような調子から歌だと思った武(たける)だが、孝臣によれば、これは詩の朗読らしい。


「“ダンテ”か。恐らく、消灯を知らせるためのものだろう」


 確かに、この単調な朗読は寝るには丁度いい。

さっそく眠気を覚え欠伸すると、孝臣に睨まれてしまった。

苦笑いでお茶を濁すと、嘆息した孝臣は何を言うでもなく歩きだした。


直感的に、こいつは関西で生きていけない人間だな と武は思う。


 智(さとし)が、寮則違反は連帯責任だ などと言うものだから、てっきり誰かが目を光らせているのかと思っていたが、こうして歩いている限りでは警備員や教師が見廻っている様子はない。


考えてみれば、たかが規則を破ったくらいで いちいち目くじらを立てていたら きりが無い。

恐らくハッタリだろう。

忠告だ運命共同体だ何だと必死になって扉番をしている智が可愛らしく思えてきた。

前科者とはいえ、所詮は子どもだな と小さく嘲笑った その時だった。


 孝臣が急に立ち止まったことに気づかず、いたって自然に追突した武は、そのまま孝臣を押し潰すかたちで倒れ込んだ。

打ちつけた顔の痛みに呻きながらも慌てて飛び退く。

また あの冗談が分からない真面目顔で睨まれると思ったからだ。


ところが、そんな恐れとは また違った方面からの恐怖が視界の端で光る。


 鎌だ……。

黒いフードを目深に被った不審者に鎌を突きつけられている。


「ケケケケ……。規則が守れないバカ発見」


 黒く何かをこびり付かせた それが僅かに動いた瞬間、武は反射的に伏せた。

下敷きになった孝臣が小さく呻いた頭上で、鋭い刃が空を斬る。


武は、音が過ぎるや否や孝臣のひょろっとした胴を抱え、そのまま地面を転がった。

若干 勢いがつきすぎた気もするが、相手も まさか武たちがそんな どこのアクション映画でも採用されそうにない間抜けなフォームで難を逃れようとは思いも寄らなかったことだろう。

これは完全に相手の意表をついた、画期的な回避方法だった。


 ただ、どの業界の発明にも失敗は付きものだ。

森を構成する一部にぶつかり ようやく止まったところで立ち上がり戦闘態勢に持ち込もうとしようとした武だったが、ローリングが想像以上に激しかったらしい。

完全に目が回って、まともに立っていることもできない。


「想像通りの馬鹿だな」


 そう言う孝臣も、頭が傾いている。

それでも背負っていた二等辺三角形のバッグから いかついアサルトライフルを取り出したあたり、良い根性をしている。


暗視ゴーグル越しに睨まれた鎌男は、深く被ったフードの下で奇怪に笑いだした。


「そんなオモチャで、この俺が怖気づくとでも思ったか? ナメてんじゃねェぞ、糞ガキ」


 一通り笑い終えると、男は鎌を振り上げ こちらに向かってきた。

その時だ。


武のごく身近で、金属同士が擦れるような音がした。

途端、男の動きが止まる。


一瞬 何が起きたのか分からなかったが、たちまち漂いだした硝煙の臭いと、

足元で孝臣がライフルを構えているのを見て、理解した。


 しばらく鎌を構えたまま静止していた男は、ゆっくりと自身の後方を見やるなり肩を震わせ不気味に笑いだした。


なんだろうか。

この喉の奥で鳴るような笑い声に呼応するかのように どこからか現れた赤い靄が、視界を染める。

まだ、暗視モードにはしていない。


壊れたのかと思いゴーグルを上げかけたところで、すかさず孝臣にゴーグルを外すなと怒鳴られた。

確かに、相手に素性を知られるのは まずい。

軽率だったことは認めるが、そこまで声を荒げられる筋合いはない。

それで つい調子を合わせて、故障か どうかを確かめただけだ と反論すると、孝臣は鎌男を睨んだままライフルを構えた。


「―――逃げるぞ」


 直後、孝臣が銃を撃った。

2発だ。当たったかどうかは分からない。

判断する暇もなく手首を掴まれ、森に逃げ込んだからだ。


「なんなんだよ、あのホラー映画に出てきそうなイカレ男は!? まさか、あれが警備員とか言わねェよな」


「僕が知るわけないだろう! 仮に怪異に取り憑かれているとしても、あいつは見るからに危険だ。とにかく今は、調査を優先する」


 あんな危険人物を野放しにするのか。

被害者が出てからでは遅いのではないか と抗議した武だったが、じゃあ どうするんだ と訊き返されてしまっては閉口せざるを得なかった。


 そうして しばらく乱立する木々の間を無我夢中で走っていると、急に視界が開けた。


 目の前に現れた白い建物に、武は思わず息を呑む。


―――展望塔だ。

冷たい影を落とすコンクリート壁は、煌々と月が照る藍色の空に届かんばかりに高々と聳え立っている。


 と、ここで武は、視界に立ち込めていた赤が すっかり消えていることに気づいた。

どうやら、一時的な誤作動だったらしい。


ライフルを抱え歩きだした孝臣から目で催促された武は、ゴーグルに伸びかけていた手をゆっくりと下ろした。


腰のホルスターから抜き取ったのは、ハンドガンだ。

孝臣から渡された、コズミックが独自開発した特注品。

まだ1、2回しか撃ったことはない。

それも、弾が入っていない状態で、だ。

弾が入るだけで、これほど重みが増すとは思いもよらなかった。


正直なところ、扱えるかどうかは不安だ。

しかし、もし この扉の向こうに小原が言っていた怪異が潜んでいるならば、そんなことは言っていられない。


襲われる前に、相手の息の根を止める。

この武器で―――――。


 武は、グローブ越しに馴染みの悪いハンドガンを握ると、扉横に貼りついた孝臣に倣い、同じように壁に背をつけた。


扉は開いているらしい。

先に突入するので後に付いてこいと言う孝臣に頷いた武は、引き金に軽く指を添えた。


 孝臣の肩が動く。

そっと扉が開いた。しかし、まだ入らない。


……何の音もしない。

しばらくして、中を窺っていた孝臣から、よし と声が聞こえた。

暗視モードに切り替え、いざ突入―――というところで武は慌てて孝臣を呼び止める。

暗視モードにした途端、視界が緑色になったのだ。


新人への洗礼にしても限度というものがある。

不良品にのせいで、まともに調査が できないのでは本末転倒だ。

今日は出直して、代替品が届くのを待って再開しよう と訴える武だったが、

それを聞いた孝臣は、もう目を合わせることもなく溜め息だけ残して背を向けた。


無視されるより ツラい。


 すっと中に入っていった孝臣を追って踏み入った武は、音を立てないよう慎重に重い扉を閉めた。


建物内に窓らしきものは無く、先の見えない闇が広がっている。

怪談話の舞台としては、文句のつけようもない いかにもな雰囲気だ。


カーペットを踏みしめ進むと、その先に螺旋状階段が見えてきた。

そこから少し離れたところにはエレベータらしき扉が見えるが、動いているはずもない。

しかし、と武が視線を落としたところで孝臣と目が合った。

どうやら同じことを考えていたらしい。


 階段は、上に向かって螺旋を描いている。

つまり、地下に行く すべがない。


念の為にエレベータのボタンを押してみたが、やはり なんの反応もない。

どこか別に階段があるのかもしれないと辺りに視線を配しながら歩きだした孝臣を横目に、武はエレベータの扉前に立った。


よく脱出モノの映画などで、エレベータをこじ開けて……というシーンがある。

カゴが この階にあればアウトだが、少し確認するくらいならいいだろう。

そんな軽い気持ちで扉の隙間に指を差し入れる。

意外に力が要るが、全く動かないというわけでもない。


少し開いたところで すかさず両手をねじ込むと、一気に抉(こ)じ開けた。

途端、襲いかかってきた熱気と鼻をつんざく腐敗臭に眉を顰めた武だったが、次いで目下に現れた “物体”に思わず目を見開く。

腰から崩れた直後、孝臣が駆けてきたが、武の頭上で同じように小さく呻く声がした。


 死体だ……。

腐敗し茶黒くなった死体が3体、折り重なるようにして倒れている。

1番上の死体は服装からして男だと分かるが、顔が異様なほどボコボコに膨れ上がっているため、元は どんな顔をしていたのかも分からない。

しかし、不思議なもので、武には この死体が、佐伯が言っていた先月 突然 姿をくらませたという生徒だと すぐに分かった。


「“呪い”か……」


 その場で座りなおした武は、無残な遺体を前に手を合わせた。

これが怪異によるものだとしても、そうではなかったとしても、こんな惨い殺し方をするような奴は どのみち人間ではない。


魂が腐りきった、鬼だ。


 ふと、1番下の遺体が何かを持っていることに気づく。


―――トランプだ。 クラブの10……?

見る限り、他にトランプは落ちていない。

どうしてこんな物を持っているんだ。


 その時、どこからか物音がした。

立ち上がるなりハンドガンを構え、周囲を窺う。


遅れて構えた孝臣が、声を上げた。

螺旋階段の向こうに、動く影を捉える。


動物……いや、それともやはり人間なのか。

四肢を動かし悠然と現れたのは、人間の顔に黒いヒョウの身体をした奇妙な生物だ。

人面獣、キメラ……そんなワードが浮かぶが、そのどれもがこの生物が実在することを証明するための根拠とは成り得ない。

しかし、そいつは確かに そこにいる。

鬼灯色の瞳をギラギラと照りつかせて、品定めでも するように こちらを見据えている。


そして、その前足から伸びた鋭い爪がカーペットを咬んだ次の瞬間、飛びかかってきた そいつに孝臣が銃口を向けた。


 くぐもった爆音の直後、そいつは体勢を崩し倒れた。

どうやら後ろ足にヒットしたらしい。

まるで人間のような低い声で呻いている。

前足で立ち上がった そいつに、孝臣は再びライフルを構えた。


「オ前……オ前ラモ、俺ヲ馬鹿ニスルノカ……」


 どこからか聞こえた唸るような声は、紛れもなく目の前にいる異形の生物が発したものだ。

幸の薄そうな唇は わなわなと震え、時折 緊張した息づかいも聞こえる。

それが下の歯を剥き出しにした その時、何かが視界の端を横切った。


異形の生物が前足を上げ、掻くような動作をする。

程なくして塔に反響するほど大きな悲鳴を上げ倒れた。


武は、孝臣に言われて ようやくそれに気づいた。

横倒しになった異形の生物の前に降り立ったのは、クロネコだ。

自身の体格の何倍もある生物に飛びかかった そいつは、その顔に貼りついたかと思うと小さな前足で容赦なく引っ掻いた。

甲高い悲鳴と共に払われたクロネコは床に身体を打ちつけるが、怯むことなく すぐに起き上がると上体を低くし威嚇する。


「オ前、コノ前ノ……! クソッ」


 後ろ足を庇いながら奥に駆けだした異形の生物を追いかけるクロネコ。

状況も、彼らの間に何があるのかも分からないが、武は走りだしていた。

呼びかけに振り返ることもせず、ゴーグルの先にクロネコを映して。


ところが、壁が見えた その時、急にその小さな身体を見失ってしまった。

一瞬 消えたのかと思ったが、違う。

カーペットが捲り上げられた そこだけ床が外されており、暗視モードでも映しきれないほど深そうな穴が開いている。

ご丁寧に下まで続いているらしき梯子もある。

迷う余地はなかった。


しかし、梯子に足を乗せ降りようとした武の手は横から伸びてきた手に掴まれた。


「待て! 危険だ。一旦 戻って本部の指示を仰ごう」


「ハァ!?何言ってんだよ! お前も見ただろ。あのネコ、オレらを助けるために飛び出してきたんだよ。あんな化け物 相手じゃ、勝ち目ないって解ってながら体 張ったんだ。今助けなきゃ死ぬかもしれねェだろ!」


 手を振り払った武は、孝臣に構わず梯子を下りた。

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