序章 合理的な犠牲
作戦達成率、九十四パーセント。
赤い警報灯が、艦橋を絶え間なく明滅させていた。衝撃。爆発。艦体を震わせる振動が足元から伝わる。
正面表示には、崩壊しつつある植民居住環 《オルフェ》が映し出されていた。《オルフェ》は惑星再入植計画の軌道拠点だった。眼下の地表では、入植区画もすでに沈黙している。外殻は裂け、都市区画を抱えたままゆっくりと崩れていく。
その周囲を埋め尽くす黒い機影。
静寂群。
撃ち落としても、撃ち落としても、数は減らない。
「右舷防壁、限界です!」
「第三砲塔、応答ありません!」
「第六救援群、護衛艦一隻喪失!」
報告だけが艦橋を飛び交う。誰も叫ばない。叫んだところで、状況は変わらない。
護衛艦 《アルトシュテルン》。艦長席に座るアルヴィン・ヴァイス大佐は、正面表示から一度も目を離さなかった。
「ミナト中尉。戦況を」
戦術卓の女性士官が即座に応じる。
「敵性反応二百九十八。現在も増加中。外周防衛線第三・第五・第八ブロックを喪失。第六救援群残存戦力五十四パーセント。第九群、通信断。第七、第十一避難船団は退避回廊へ移行中です」
「民間人退避率」
「九十四・一パーセントです」
ヴァイスは一度だけ頷いた。
「十分だ」
誰もすぐには口を開かなかった。
「全艦へ通達。現時刻をもって救難作戦を終了する。全部隊は退避回廊へ移行。船団護衛を最優先とし、順次撤退せよ」
「大佐」
「何だ?」
「第三保育区画、救難信号は現在も継続しています」
「救出成功確率は?」
ミナトが戦術予測を呼び出す。
「十六・八パーセント」
「想定される損害は?」
「護衛艦最低一隻。船団被害、最大二千七百三十一名」
「残り六パーセントのために、九十四パーセントを失うわけにはいかない」
操舵手が静かに操舵入力を行う。機関士の復唱とともに主機関出力が段階的に立ち上がり、正面表示の各艦航跡が一斉に退避回廊へ向きを変えた。誰一人声を荒らげることなく、艦隊は戦場からの離脱を開始した。
その時だった。
通信卓が鳴った。
「……大佐」
ヴァイスは戦術表示を確認した。退避回廊を進んでいた青い光点が、一つだけ隊列を外れていた。
戦術表示に識別コードが展開された。
救命艇七号。
ミナトが息を呑む。
「救命艇七号が……」
光点は反転し、崩壊する居住環へ向かっていた。
「撤退経路を離脱しました」




