キスの代償と、迷える子羊
「イヤあああっ! 死にたくない!」
莉奈さんが狂乱し、近くにいた司くんの胸ぐらを掴んだ。
「司くん! 私にキスして! 早く!!」
「うわっ、わ、分かったから!」
司くんは顔を青ざめさせながら、震える唇を莉奈さんに重ねた。
カチャリ、と二人の首輪のランプが青色に変わり、『クリア』の電子音が鳴る。
「私、怜くんでいい! ねえ、お願い!」
私の親友であるはずの美桜も、なりふり構わず一番年上の怜くんにすがりつき、無理やり唇を奪った。
美桜のそんな必死な姿を見るのは初めてで、私は呆然としてしまった。
残されたのは――私と、おどおどしたメガネっ娘の花音ちゃん。
そして、男子は湊くんただ一人。
「どうしよう……男子が1人足りない……」
花音ちゃんが震える声で呟く。
翔太くんが死んでしまったことで、男女ペアを作ると必ず女の子が1人余ってしまうという絶望的な状況になっていたのだ。
残り時間はあと3分。
「湊くん、お願い……私と……!」
花音ちゃんが泣きながら湊くんに手を伸ばす。
私は、自分が死ぬのは怖い。
でも、花音ちゃんを蹴落としてまで助かりたいとは思えなかった。
足がすくんで動けない。
その時、湊くんがスッと私の腕を強く引いた。
「えっ……?」
「……口、開けろ」
「へ?」
反論する隙もなく、湊くんの端正な顔が目前に迫り、私の唇が柔らかい熱で塞がれた。
頭が真っ白になる。
彼の少し冷たい手が私の後頭部を支え、息が苦しくなるほど深く、強く。
『クリア』
私の首輪が青く光った。
「なんで……私を……」
「お前が一番、使いやすそうだからだ。バカ正直で、裏切りそうにないからな」
湊くんは冷たくそう言い放ち、唇の端を拭った。
ピーッ! タイムアップ!
「あ……あああ……」
花音ちゃんがその場にへたり込む。
彼女の首輪のランプが赤く点滅し始めた。
「花音ちゃん!!」
私は駆け寄ろうとしたが、湊くんに腕を強く掴まれて止められた。
「行くな、巻き込まれるぞ」
『あーあ、可哀想に。花音さんはパートナーを見つけられず、【ストレイ・シープ(迷える子羊)】になってしまいましたね』
モニターのウサギが楽しそうに言う。
『ストレイ・シープには、特別ミッションを与えます。深夜0時、この洋館の裏にある「呪われた森」を一人で抜け、森の奥の廃墟から指定のアイテムを取ってくること。朝までに戻れなければ……もちろん、デッド・エンドです!』
それは、実質的な死刑宣告だった。
「そんな……一人で夜の森なんて、無理だよ!」
花音ちゃんは泣き崩れた。
しかし、私たちはどうすることもできない。
誰かが助けようとすれば、連帯責任で首輪が作動してしまうからだ。
その夜。
時計の針が0時を指し、花音ちゃんは一人、泣きながら暗闇の森へと消えていった。
私はベッドの中で、毛布を被って耳を塞いだ。
でも、遠くから聞こえてくる野生動物の鳴き声や、何かが折れるような音が、私の心を削っていく。
『――きゃあああああっ!!』
深夜、遠くから花音ちゃんの悲鳴が聞こえた気がして、私は跳ね起きた。
「花音ちゃん……!」
助けに行きたい。でも、扉には鍵がかけられ、外に出ることはできない。
私はただ、彼女が無事に帰ってくることを祈るしかなかった。
翌朝。
エントランスに集められた私たちの前に、泥だらけで、腕や足に無数の擦り傷を作った花音ちゃんが現れた。
手には、泥に塗れた小さな箱(指定アイテム)を握りしめている。
「花音ちゃん! 生きてたんだね……!」
私が駆け寄ると、彼女は虚ろな目で私を見つめ、力なく笑った。
「……死ぬかと思った。結愛ちゃんは、いいよね。湊くんに選ばれて」
その言葉に、胸が鋭く痛んだ。
私が生き残ったのは、花音ちゃんを犠牲にしたからだ。
もう嫌だ。
こんなゲーム、絶対に終わらせてやる。誰も死なせたくない。
私は、震える拳を強く握りしめた。




