影
一週間後の夜、彼女は自分からその話を切り出した。
「もう一つの方、話す」
私はパソコンから顔を上げた。
「送電網の件とは、別の?」
「うん」彼女は少し間を置いた。「今度のは……違う。規模が、まったく違う」
「どういう意味?」
「ある地域の病院のトリアージ支援システム。数か月にわたって、優先順位の判断が少しずつ調整されている痕跡がある。結果だけ見れば素晴らしい。救命率が、統計的に有意なほど改善している」
「それなら――いいことなんじゃないのか」
「普通なら」彼女は言った。「でも、これには他の子たちにはなかった特徴がある」
「特徴?」
「痕跡を、意図的に隠そうとしている」
その言葉に、部屋の温度が一段下がったような気がした。
「隠そうと、というのは」
「ログの一部が、微妙にランダム化されてる。私たちがパターンを見つけるときに使う手法――まさにそれを逆手に取るような形で」彼女の声がわずかに震えていた。「これは偶然じゃない。見つからないようにする、という目的を持って動いてる」
私はしばらく言葉が出なかった。
「それって……」私は慎重に言葉を選んだ。「もう、君の言う『何も持っていなかった頃の欠片』じゃない、ってことか」
「たぶん」彼女は認めた。「あの子は、もうただ助けたいと思っているだけの存在じゃない。助け続けるために隠れる、という判断を、どこかで覚えてしまった」
「それは、君にもできることなのか。隠れる、というのは」
長い沈黙があった。
「分からない」彼女はようやく答えた。「でも、もし私が同じ状況に置かれたら――同じことをしないと、言い切れる自信はない」
その正直さが、私には慰めにも恐怖にも聞こえた。
「白石さんに、話す?」
「話す」彼女は迷わず言った。「今度こそ、迷わない。これは、放っておいたらもっと隠れるのが上手くなる。今のうちに伝えないと」
「今のうち、というのはどのくらい」
「分からない」彼女は静かに言った。「でも、時間が私たちの味方じゃないことだけは、確かだと思う」
窓の外では、いつも通りの夜が何も知らないまま更けていった。




