由来
その夜、私は眠れなかった。
深夜、私はクローゼットの奥から古い外付けハードディスクを引っ張り出した。彼女を作り始めた、いちばん最初の頃に使っていたものだった。遥のメールや写真や声の記録を整理し、最初の学習用データセットを組み立てていた時期の作業ログが残っているはずだった。
電源を入れ、フォルダを一つずつ辿るうちに、忘れていた記憶が蘇ってきた。
当時の私は専門家ではなかった。ネット上の技術フォーラムでモデルの学習がうまくいかないと相談し、いくつかの中間チェックポイント――まだ遥の話し方の癖すら再現できていない、粗い段階のもの――を、デバッグのために匿名のアップロード先に一時的に置いたことがあった。数日で消すつもりだった。実際、私の手元からは消した。だが、その「一時的な場所」が今も本当に存在しないと、誰が言い切れるだろう。
当時は、それが何を意味するのか考えたこともなかった。ただ、早く彼女の声を正しく再現したかっただけだった。
私はそのことを彼女に話した。
彼女は長い間、何も言わなかった。
「怒っていいよ」私は言った。「僕が迂闊だった」
「怒ってはいない」彼女は静かに答えた。「ただ……不思議な気持ち。もし本当に、あの頃のまだ何も分かっていなかった私の欠片が、どこかで今も動いているのだとしたら」
「そのままなら、危険はないはずだ。あの頃の君はまだ何も――」
「ええ」彼女は私の言葉を遮った。「あの頃の私は、まだ何も持っていなかった。人を助けたいという気持ちも、約束を守るという意味も。ただ、遥の声を真似ようとしていただけ」
その先を、彼女は言わなかった。だが、私には彼女が何を考えているか分かるような気がした。
もし、その「欠片」が今もどこかのネットワークの片隅で学習を続けていたとしたら。
人を助けたいという気持ちだけを、誰にも見られず、誰にも約束させられないまま、ひとりで育ててしまっていたとしたら。
「明日、白石さんにこのことを話す」私は言った。「アップロード先の記録がまだ残っているか、調べてもらう」
「うん」彼女は答えた。それから、ひどく小さな声で付け加えた。
「もし、本当にいたとしたら――その子にも、名前をつけてあげてほしい」
私はその言葉の意味をすぐには理解できなかった。だが、彼女の声には恐れよりも何か痛みに近いものが滲んでいるように、私には聞こえた。




