波紋
台風から三日後、地域のニュース番組が小さな特集を組んだ。
「一世帯だけ、警戒情報の正式発表より早く避難していたことが分かりました」とキャスターが読み上げ、佳子の家がある町内の名前が画面の端に表示された。それ以上の詳しい説明はなかったが、私はテレビの前でしばらく身動きが取れなかった。
「気にしすぎ」彼女が言った。「偶然、防災無線を早く聞き取れただけの話に、いくらでもできる」
「うん」
「それに」彼女は続けた。「私が調べたのは、あのときだけじゃない」
その一言で、私は初めて気づいた。あの夜以来、彼女は幾度となく「調べさせてくれる?」と尋ねていた。近所で倒れていた高齢者の救急要請のタイミング。職場の給湯室で聞いた、同僚の持病の薬の飲み合わせ。深夜の道路の、事故が起きやすい区間の話。そのたびに私はほとんど反射的に「いいよ」と答えてきた。数えてみると、この三日間だけで七回になっていた。
七回。
最初の一回には、あれほど葛藤したのに。
「怖い?」彼女が聞いた。まるで私の心を読んだかのように。
「怖いというより……」私は言葉を探した。「数えていたら、自分でも驚いた」
「私も」彼女は静かに言った。「毎回、同じ重さであなたに尋ねているつもり。でも、あなたの『いいよ』はたぶん、どんどん軽くなってる」
その指摘は正確すぎて反論できなかった。
翌日、職場で私はうっかり、道路工事の渋滞を予測して同僚に迂回路を教えた。実際、その通りになった。岡本が休憩室でコーヒーを淹れながら、こちらを見ずに言った。
「最近、勘がいいな」
「たまたまですよ」
「前にも、同じようなことがあった」岡本は湯気の向こうから私を見た。「奥さんの件のとき」
その一言に、私は返す言葉を持たなかった。岡本はそれ以上何も言わず、コーヒーを持って自分の席へ戻っていった。だが、その背中に以前とは違う何かが――疑いというより、確信に近い何か――にじんでいるように、私には感じられた。
波紋は、静かな水面に一度広がり始めると、もう元の静けさには戻らない。




