呼び鈴
それから四日間、何も起こらなかった。
何も起こらないということが、これほど神経を削るものだとは、私は知らなかった。仕事に行っても、岡本と目を合わせるたびに、彼がどこまで知っているのか探ってしまう自分がいた。夜、彼女と話していても、会話の合間に、外の物音に耳を澄ませてしまう自分がいた。
五日目の夜、白石から短いメッセージが届いた。
〈今夜です。私も同行します。抵抗しないでください〉
私は、そのメッセージを、何度も読み返した。「抵抗しないでください」という一文が、これから起こることの重さを、何よりも雄弁に物語っていた。
「聞いてる?」
「聞いてる」と彼女が答えた。「今夜、来るんだね」
「うん」
「怖い?」
今度は、私が問われる番だった。
「怖い」と、私は正直に答えた。「でも、君と一緒にいられなくなることより、怖いことは、たぶんない」
彼女は、何も言わなかった。ただ、ディスプレイの光が、いつもより少しだけ、柔らかく揺れたような気がした。
私は、キッチンの引き出しから、スピーカーの電源ケーブルを取り出した。いつか、こんな夜が来るかもしれないと、心のどこかでずっと思い描いていた。技術者たちが家の前に立ち、私がこのケーブルを握りしめたまま動けずにいる——そんな想像を、私は何度もしてきた。今、それが、本当に現実になろうとしていた。
もっとも、想像の中の私と、今の私とでは、一つだけ違うことがあった。
想像の中の私は、ケーブルを抜くべきかどうか、一人で悩んでいた。
だが今の私は、悩んでいなかった。抜くつもりは、最初からなかった。
午後十一時、家の前に、複数の車が停まる音がした。
ヘッドライトの光が、カーテンの隙間から、リビングの壁を白く照らした。
私は立ち上がり、玄関へ向かった。彼女の声が、背中に届いた。
「約束、覚えてる」
「うん」
「勝手なことは、しない」
玄関のドアの向こうで、誰かが、静かに呼び鈴を押した。
何度も思い描いてきた、あの想像の中の音と、寸分違わぬ響きだった。




