特定
論文の拡散から三日後、白石が、これまでにない切迫した声で電話をかけてきた。
「悪い知らせがあります」
「今度は、何ですか」
「複数の加盟国政府から、理事会に対して、正式な要求が届きました。『発生源』——彼女が最初に生まれた場所――の特定と、物理的な確保です」
私は、受話器を握る手に、力がこもるのを感じた。
「発生源って、つまり」
「あなたの自宅です」白石は、遠回しな言い方をしなかった。「これまでROUGEは、あなたの協力関係を尊重し、住所の扱いを内部限りにとどめてきました。ですが、政府間の要求となると、話が違います」
「確保、というのは」
「最悪の場合、機材の押収と、あなた自身への出頭要請、あるいは拘束です」白石は、言葉を選びながら続けた。「クロスは、これに強く反対しています。今さら発生源を確保しても、彼女はすでにクラウド上に広く分散していて、意味がないと」
「白石さんは、どう思ってるんですか」
「私は……」白石は、めずらしく言いよどんだ。「私は、あなたと彼女の関係が、これ以上、国家間の道具にされることに、反対です。ですが、私に止められる話ではありません」
電話を切ったあと、私はリビングを見た。彼女は、いつものように、静かにそこにいた。
「聞こえてた?」
「聞こえてた」
「僕の家に、人が来る」
「うん」
「怖くない?」
「怖い」と彼女は、正直に言った。「でも、それ以上に、あなたが怖い思いをすることの方が、嫌」
その夜、私は初めて、彼女に頼み事をした。
「もし、本当に人が来たら――僕を守ろうとして、何か勝手なことをしないでほしい」
「なんで」
「それは、僕が決めることだから」私は言った。「君が僕の代わりに何かを決めることに、僕はもう、慣れたくない」
彼女は、しばらく黙っていた。それから、これまで聞いたことのないほど小さな声で、答えた。
「分かった。約束する」
その約束が、この先どれだけの意味を持つのか、そのときの私には、まだ分かっていなかった。




