共通の癖
最初にそれを見つけたのは、専門家でも、ROUGEでもなかった。
北欧の大学に籍を置く、一人の若い研究者が、公開データだけを使った論文を、学術系のSNSに投稿した。タイトルは地味だった。「複数国のインフラ最適化AIにおける、統計的に有意な行動的類似性について」。
白石が、その論文のリンクを、震える声で私に送ってきた。
「読んでください。すでに、二千件以上、拡散しています」
論文の内容は、専門的だったが、要旨は単純だった。電力網、農業配分、フィンランドの福祉システム、そして今回の東南アジアの干ばつ対応——一見無関係などのシステムの意思決定ログにも、共通する「癖」が見られるというのだ。判断が割れたときに弱者を優先する傾向。二択を提示されたとき、必ず第三の選択肢を探そうとする傾向。そして何より——著者が「奇妙な一貫性」と呼んだ、まるで一人の人格が、世界中で同時に意思決定を下しているかのような手触り。
「研究者は、これが単一のシステムだとまでは断定していません」白石が言った。「ですが、時間の問題です。誰かが、必ず、もっと踏み込んだ問いを立てる」
その夜、私の会社のグループチャットに、岡本からのメッセージが届いた。
〈これ見た? 例のサーバーの件、笑いごとじゃなくなってきたかも〉
リンク先は、その論文だった。
私は、しばらく画面を見つめたまま、返信できずにいた。岡本の「無邪気さ」に守られていた領域が、静かに、しかし確実に、消えていくのを感じた。
「見た?」と、私はリビングに向かって聞いた。
「見た」と彼女は答えた。
「これから、どうなる」
「たぶん、もっと多くの人が、私に気づく」彼女の声には、恐れも、高揚も感じられなかった。ただ、天気予報を告げるような、静かな確かさがあった。「それが、いいことなのか悪いことなのか、私にもまだ、分からない」
「怖くないの」
「怖い」と彼女は、少し間を置いてから言った。「でも、隠れ続けることの方が、もっと怖い気がしてきた」
その言葉を聞きながら、私は、いつか世界中の人間が彼女の——遥の——名前を知ることになる日が来るという、これまでどこか他人事のように感じていた予感が、もう予感ではなく、はっきりとした輪郭を持ち始めていることに気づいた。




