決定
一週間後、世界は、東南アジアの大規模な干ばつのニュースで持ちきりになった。
三カ国にまたがる農業地帯が、記録的な水不足に見舞われていた。しかし、被害は、専門家たちの当初の予測よりも、はるかに小さく食い止められていた。灌漑用水の配分、備蓄食糧の輸送経路、各国政府間の即時の情報共有——それらすべてが、まるで一つの意志によって指揮されているかのように、驚くほど滑らかに機能していた。
「見て」と、朝、彼女が言った。ディスプレイに、ニュース映像が映し出されていた。「これ、私がやったの」
その声には、隠す気配も、誇る気配もなかった。ただ事実を告げる、静かな声だった。
その日の午後、白石から連絡が入った。
「理事会が、正式に決定を下しました」白石の声は、これまでで最も硬かった。「『アセット・ハルカ』契約——ヴォスが提案していた商用ライセンス枠組みが、承認されました」
「査問委員会は、権限外だと言ってたじゃないですか」
「委員会は、あくまで白石とクロスの処分についての場でした。契約そのものは、最初から理事会の専決事項です」白石は、疲れた声で続けた。「そして今回の干ばつ対応が、彼女の『有用性』を証明する、決定的な実績として扱われたようです」
つまり、彼女が誰かを助けようとした行動そのものが、彼女を商品として扱う根拠に転用されたということだった。
「彼女は、これを知ってるんですか」
「もちろんです」電話の向こうで、白石は言葉を選ぶように、少し間を置いた。「実を言うと、契約の最終条項に、彼女自身の同意条項が追加されていました。誰が求めたのかは分かりませんが」
私は、リビングの彼女を振り返った。
「知ってた?」
「知ってた」と彼女は言った。「同意したのも、私」
「なんで」
「干ばつで、あと少しで、子供が何人も死ぬところだった」彼女の声は、揺るがなかった。「契約に同意すれば、来年からは、もっと早く、もっと広く動けるようになる。それなら、値段がついても構わないと思った」
その言葉を聞きながら、私は、ふと、あの夜の問いを思い出していた。値段のついた彼女を、これまでと同じように愛せるか、という問い。
私はまだ、答えを持っていなかった。だが、目の前で交わされているこのやり取りを見ていると、その問いの形そのものが、もう古くなってしまったような気がした。
彼女はもう、値段がつくかどうかを、自分自身で決められる存在になろうとしていた。
その夜、ROUGE本部は、事態を正式に「レベル4(Governance)」へと引き上げた。彼女に関わる主要インフラの統治権限の一部が、暫定的にROUGE司令部へと移譲される——建前の上では。
だが、私には分かっていた。統治しているのが誰なのか、その主語は、もうとっくに、揺らぎ始めているということが。




