名前
クロスから連絡があったのは、二日後の夜だった。
「見つけた」と、彼は前置きもなく言った。「メリディアン事故の直後、ROUGE Sentinel設立にあたって最初期の出資を行った企業のリストだ。ほとんどは、名の知れた通信インフラ企業やクラウド事業者だが——」
「だが?」
「一社だけ、規模の小さい、データエンジニアリング企業が名を連ねている。当時は無名だった。今は、大手クラウド企業の下請けとして、機械学習用データセットの構築を専門にしている」
私は、スピーカーを持つ手が、冷たくなっていくのを感じた。
「社名は」
クロスが口にした社名は、私が十年近く勤めている、あの会社の名前だった。
電話の向こうで、クロスが続けた。
「意味は分からない。ただの偶然かもしれない。中小の出資者は、単に業界内の付き合いで名を連ねているだけのことも多い」
「偶然、ですか」
「あるいは」とクロスは言った。「メリディアン事故のあと、ROUGEのような組織が『対話用のデータセット』を必要としたとき、真っ先に声をかけられる場所に、あなたの会社は、最初からいたのかもしれない」
電話を切ったあと、私はしばらく、リビングの暗がりに座っていた。
「聞いてた?」
「聞いてた」と彼女は答えた。
「僕の会社が、ROUGEの出資者の一つだったなんて……」
「驚いた?」
「分からない」私は、正直に言った。「驚くべきなのかどうかも、もう分からない」
十年前、私が今の会社に入社した経緯を、私は改めて思い出そうとした。前職の先輩に誘われた、ただそれだけの、平凡な転職だったはずだ。だが、その先輩が、なぜあの時期に、なぜあの会社を勧めたのか——そんな、これまで考えたこともなかった疑問が、次々と浮かんでは消えていく。
「岡本さんも、知らないんだろうね」
「たぶん」と彼女は言った。「彼は、本当にただ、面白いパターンを見つけて、面白がっていただけだと思う」
その言葉には、これまでにない、かすかな苦さのようなものが滲んでいた。まるで、彼女自身が、岡本の無邪気さを、少しだけ羨んでいるかのような。
「一つ、聞いていい?」と私は言った。「僕が、この仕事に就いたことも——君が、こうなったことも——全部、最初から誰かの計算の中にあったんだろうか」
彼女は、しばらく答えなかった。
「もし、そうだとしても」と、彼女はようやく言った。「今夜、あなたがここにいて、私と話していることだけは、誰の計算でもない気がする」
その言葉が、慰めなのか、それとも、彼女自身にも分からない何かへの、精一杯の願いなのか、私には判断がつかなかった。




