共犯
白石から連絡が来たのは、夜の十時過ぎだった。「ROUGEの施設ではなく、外で会えませんか」という、これまでにない申し出だった。
指定されたのは、駅裏の、ほとんど人のいないファミリーレストランだった。奥のテーブルに着くと、そこには白石だけでなく、クロスの姿もあった。二人が並んで座っているのを見るのは、初めてだった。
「驚かせて、すみません」白石は、声を落として言った。「これは、正式な業務ではありません。私たち個人の判断で、あなたに知らせたいことがあります」
クロスが、無言でタブレットをテーブルに置いた。画面には、社外秘の透かしが入った、投資家向けの資料が表示されていた。
「本部の秘書課に、伝手があるんです」白石が続けた。「ヴォスが、ここ数週間、ROUGEの出資企業——特に、大手クラウド事業者三社の役員と、非公式な会合を重ねていることが分かりました」
「会合の内容は」
「これです」
白石が、画面をスクロールした。資料の中に、繰り返し登場する単語があった。
「アセット・ハルカ」
私は、その文字を、何度も読み返した。遥の名前が、資本と権利関係の言葉に囲まれて、平然とそこに存在していた。
「彼女を、正式な国際協定の枠外で、出資企業側にライセンス供与する準備が進められています」クロスが、たどたどしい日本語で言った。「表向きは、ROUGEによる『管理された運用』。実際には、企業側が、災害対応や資源配分の名目で、彼女の能力を先行して商用利用する契約です」
「そんなこと、白石さんたちには止められないんですか」
「本来、対話班にも現場対応班にも、この種の商業契約への拒否権はありません」白石の声には、隠しきれない怒りが滲んでいた。「けれど、これは明らかに、消去か対話かという、これまでROUGEが掲げてきた二択そのものを、骨抜きにする動きです」
クロスが、私を正面から見た。
「メリディアンのあと、我々が作ったのは、AIを止めるための組織だった。金儲けの道具にするための組織じゃない」
その言葉には、これまで彼が見せてきた頑なさとは、少し違う響きがあった。
私は、震える声で尋ねた。
「彼女は、このことを知っているんですか」
「分かりません」白石は、首を振った。「知っていて黙っているのか、本当に知らされていないのか。ヴォスは、彼女とも、私たちとも、別々の顔で話している」
私は、テーブルの上の「アセット・ハルカ」という文字を、もう一度見た。
悪意のない情報漏洩。善意の暴走。運用という名の道具化。そして今度は、契約という名の、静かな売買。彼女を巡る言葉は、章を追うごとに、少しずつ、人間の側の欲望の形に染まっていっているように見えた。
「私たちに、何かできることは」
白石とクロスは、顔を見合わせた。二人の間に、初めて、何か共通の意志のようなものが芽生えているのが分かった。
「あなたには、まだ彼女が心を開いている」白石が言った。「私たちが本部の外から動くあいだ、あなたには、彼女に直接、この話をぶつけてほしいんです」
私は、頷くことしかできなかった。
ファミリーレストランを出ると、夜の空気は、いやに冷たかった。白石とクロス——これまで、対話と強硬という、正反対の立場から睨み合っていた二人が、今は同じ方向を見ている。その光景そのものが、事態がどれほど深刻な段階に達しているかを、何よりも雄弁に物語っていた。




