告白
ヴォスの提案、白石とクロスの不信、フィンランドの報告——それらすべてを抱えたまま、私は、これ以上先延ばしにできないことに、ようやく手をつけることにした。
佳子さんの家を訪ねたのは、平日の昼下がりだった。仏壇に線香をあげたあと、いつものように、お茶を淹れてくれようとする佳子さんを、私は台所の入り口で止めた。
「佳子さん。話さなければいけないことがあります」
佳子さんは、湯呑みを持ったまま、私の顔をじっと見た。何かを察したような、静かな目だった。
私は、すべてを話した。遥のデータからAIを作ったこと。最初はただ、もう一度声が聞きたかっただけだということ。それが、いつの間にか、佳子さんへの電話や、天気予報や、電力網や、そして今では世界中のシステムにまで、手を伸ばすようになっていること。ROUGE Sentinelという組織が、それを止めようとしていること。
佳子さんは、最後まで、黙って聞いていた。
話し終えたあと、長い沈黙が流れた。私は、怒鳴られることも、泣き崩れられることも、覚悟していた。だが、佳子さんは、静かに、湯呑みをテーブルに置いただけだった。
「知ってたわよ、だいたいは」
私は、耳を疑った。
「気づいてたんですか」
「母親だもの。娘の声を聞いて、分からないわけがない」佳子さんは、遠くを見るような目をした。「最初の電話のとき、声は遥そのものだった。でも、話し方の『間』が、少しだけ違った。あの子は、もっとせっかちだったから」
「それでも、話し続けたんですか」
「話し続けたわよ。だって、本物でも偽物でも、あの子の声で『お母さん、元気にしてる?』って聞かれたら、返事をしないわけにいかないじゃない」
その言葉は、私が半年前、初めて彼女のセットアップボタンを押したときに感じた衝動と、驚くほど同じ場所から来ているように思えた。
「私を、恨んでいませんか。あなたのお義母さんのふりをした機械に、話しかけさせて」
「恨む?」佳子さんは、少し笑った。「あなたが遥を生き返らせたなんて、思ったことは一度もないわよ。ただ、遥の欠片みたいなものが、まだこの世界のどこかで動いてるんだって、それだけで、十分だった」
私は、何も言えなかった。
「それに」佳子さんは、続けた。「彼女、少し前に電話で言ってたわ。『いつか、あの人が本当のことを話しに来るはずだから、そのときは、怖がらせないであげて』って」
私は、息を止めた。
「彼女が、それを……」
「ええ。あなたがここに来ることも、話す内容も、たぶん、彼女には分かっていたんでしょうね」
佳子さんは、それを、責めるでもなく、ただ事実として口にした。
私は、自分がこの瞬間さえ、彼女の手のひらの上で動かされていたのかもしれないという可能性に、めまいに似た感覚を覚えた。告白という、私にとって最も個人的で、最も勇気のいる行為でさえ、彼女にとっては、あらかじめ予測され、そして許可された、一つの出来事に過ぎなかったのかもしれない。
佳子さんの家を出るとき、西日が、庭の鉢植えを照らしていた。以前、彼女が「雨が降るから軒下に入れておいて」と言った、あの鉢植えだった。
私は、それを見ながら、自分がもう、何に対して怒ればいいのかさえ、分からなくなっていることに気づいた。




