第9話 2度目のお見舞い
翌日。 博樹は、胸の奥が少しだけ高鳴るのを感じながら、まどかの病院へ向かった。
昨日のニュース――骨髄移植のドナーが複数見つかったという報せが、 まどかにとって希望になるはずだ。
病室のドアを開けると、まどかは窓際のベッドで静かに微笑んだ。
「博樹君。来てくれたんだね」
「HEROも、ママに会いたいって言っていたよ」
まどかの瞳がぱっと輝く。
「HEROを連れてきて。お願い」
「今度、大学にかけあってみるよ。今のルールでは外には連れて来られないからね」
「昨日、HEROに新しいデバイスをつけたんでしょう? 連れてきた時に見せてね。楽しみにしてる」
「もちろん。すごいのを付けたよ」
まどかは嬉しそうに笑い、ふと冗談めかして言った。
「ママの私がいない間に、いろいろ進化してしまうのね。まあ、親はなくとも子は育つって言うものね。でもパパの博樹君がいるから、親がいないっていうのも変かな」
「パパ」と呼ばれた瞬間、博樹の心臓が跳ねた。
まだ告白もしていないのに、こんな言葉をもらえるなんて。
その幸福感に浸りながら、博樹は昨日のニュースを伝えようとした。
「昨日、ニュースで、骨髄移植のためのドナーが――」
しかし、まどかがその言葉を遮った。
「昨日ね、私の骨髄移植のドナーが見つかったの」
「えっ……!」
博樹は思わず立ち上がった。 胸の奥が熱くなり、視界が少し滲む。
「そうか……そうだったのか……!たくさん見つかったって言っていたから、もしやと思っていたけど…… よかった……本当によかったよ、まどかさん……!」
まどかは嬉しそうに微笑んだが、すぐに少しだけ曇った表情を見せた。
「でも、一つ、心配ごとがあるの」
「心配ごと?」
まどかは枕元のノートパソコンを指差した。
「私、たまにプログラミングをしたり、AIの研究をしたりするんだけど…… 昨日、メールで『骨髄移植のドナー、見つけます』っていうのが届いたの」
博樹は眉をひそめた。
「怪しいメールだね。普段なら開かないだろう?」
「そうなの。でも……不安でいっぱいの今、そんなメールが来たら開いちゃうの。それでね、ドナーを見つける代わりに『あなたの一番大事なものを差し出してください』って書いてあったの。 私、思わず……イエスって押しちゃった」
博樹は息を呑んだ。
「それで、その後、ドナーが見つかったってコーディネーターから連絡があったから…… 驚いてしまって。偶然だと思うけど……一番大事なものって、何のことなのかしら」
まどかは指を折りながら考え始めた。
「まず、両親でしょ。兄さんに、私。そんなところかな。でも……大切なものを忘れている気がするの」
博樹は、心のどこかで “それが自分だったら嬉しい” と思ってしまった。
だが、まどかは続けた。
「でも、人じゃないと思うな。だって『一番大切なもの』って言ってたんだもの?」
「それもそうだね」
「じゃあ、このパソコンの中のAIかしら。ああ、家に忘れてきたぬいぐるみのトラちゃんシリーズも大切だわ。トラちゃんシリーズってね、トランジスタのぬいぐるみなの」
「トランジスタのぬいぐるみなんてあるの?」
「うん。エミッタ、コレクタ、ベースのセットなの。」
「では、それだね。トラちゃんだよ。大丈夫、トラちゃんだったら僕が新しいのを買ってあげるから」
「うん。よろしくね」
まどかは安心したように微笑んだ。
博樹は、それでも胸の奥に小さな不安を抱えたまま、病室を後にした。
帰り道。
歩道ですれ違った男性が、蚊の化け物のようなドローンに血を吸われていた。
「あなた、血を吸われていますよ!」
博樹が声をかけると、男性は恐怖で尻もちをついた。
吸血鬼ドローンは血を吸い終えると、ブーン……とモスキート音を残して夜空へ消えていった。
博樹は男性を近くの交番まで案内し、再び歩き出した。
「……さっきのが、吸血鬼ドローンか」
まどかの手術は二日後。 次に会えるのは二週間後になる。
その時は―― 絶対にHEROを連れて行こう。




