第10話 手術成功
翌日からの二週間は、博樹にとって奇妙な時間だった。
まどかの手術が成功することを願いながら、HEROを図書館へ連れて行き、研究室で新しいデバイスの設計をして、伯父の食堂を手伝い、家で母のために風呂を沸かし、貸与パソコンで研究を進める。
いつものルーティーンを繰り返しているはずなのに、心のどこかがずっと落ち着かなかった。
――まどかは大丈夫だろうか。
その問いが、二週間の間ずっと胸の奥に居座り続けた。
そして、ついにその日が来た。
博樹は教授室へ向かい、福島教授に深く頭を下げた。
「教授……明日、まどかさんの病院にHEROを連れて行きたいんです。どうしても……まどかさんに会わせたいんです」
教授はコンピューターの画面から顔を上げ、優しい目で博樹を見た。
「では、明日、私と君とHEROの三人で娘のまどかのところに行こうではないか」
「えぇぇぇぇぇぇぇっ!? 教授が……まどかさんのお父さん!?」
博樹は本気で叫んだ。
教授室の空気が一瞬止まるほどの声だった。
教授は肩をすくめる。
「まあ、病院には二人のことを話しておくよ。大学からは、私が同行するならHEROを連れ出してよいと許可をもらっている。まどかは、HEROと会えて喜ぶぞ」
博樹は、驚きと安堵と緊張が一気に押し寄せて、胸の奥がぐちゃぐちゃになった。
翌日、三人は研究室に集合した。
HEROは白いスーツ姿の青年に擬態し、初めて大学の外へ出ることに胸を躍らせていた。
「これが外の世界なんだね……!」
その声は、まるで子どものように純粋だった。
病院に着くと、三人は五階の無菌室へ向かった。 白い廊下は静かで、空気が少しだけ冷たい。 無菌室の前はガラスで仕切られ、向こう側のベッドにはまどかが横たわっていた。
まどかは博樹たちに気づくと、弱々しくも優しい笑顔を見せた。
声は届かない。
それでも、その微笑みだけで胸が熱くなる。
HEROは空中プロジェクション装置を起動し、ガラスの前に淡い光の文字を浮かび上がらせた。
《手術成功おめでとう》
その下に、もう一行。
《ママ、早く帰ってきて》
まどかはベッドの上で小さく笑い、手を振った。
その仕草は、まるで光の妖精のように柔らかかった。
福島教授は娘の世話をするため、「二人は待合室で待っていなさい」と指示を出した。
教授がいなければHEROを外に連れ出すことはできない。
博樹とHEROは待合室の椅子に腰を下ろし、教授の帰りを待つことにした。
――教授がまどかの父親――だから、先日つけたばかりの、空中プロジェクション装置のことを知っていた? ――いや、深く考えるのはやめよう。
博樹の胸は、期待と緊張でいっぱいだった。




