第11話 ショゴス
無菌室の前でまどかの笑顔を見届けたあと、博樹とHEROは待合室の椅子に腰を下ろした。
白い壁、静かな空気、遠くで鳴る機械の電子音。
その静寂を破ったのは――博樹のスマホへの突然の着信だった。
画面には見知らぬ番号。
胸がざわつく。
通話ボタンを押すと、低く歪んだ声が響いた。
「まどかの命が大切なら、HEROを渡すのだ。まどかが一番大切にしているHEROを渡すのだ。これは、既に成立しているまどかとの取引だ」
博樹の心臓が跳ねた。
「どうすりゃいいんだ……?」
声は淡々と続ける。
「君は、まどかの命を守りたいのだろう?」
「そうではなくて……どうやってHEROを渡せばいいか聞いているんだ!」
「それでは、君のスマホとHEROを接続したまえ」
博樹は息を呑んだ。
HEROになんらかのプログラムをインストールして、自発的に移動させるってことか。
「……プロトコルが必要だ。少しだけ時間をくれ」
博樹はHEROに向き直る。
「HERO、今からWEB接続をすることになった」
「それは大学から禁止されています」
「仕方がないんだ……まどかさんの命がかかっている。やむを得ないんだ!」
HEROはわずかに表情を曇らせたが、静かに頷いた。
博樹は即興で特殊なケーブルを組み立て、スマホとHEROを接続した。
そして、WEB接続のプロトコルを小さく囁く。
「君と一緒なら平気だよ」
次の瞬間―― HEROの内部に、百万を超えるデータが嵐のように流れ込んだ。
スマホの画面には、暴走するデータの波。
その様子は、まるでクトゥルフ神話の“ショゴス”のようだった。
「……HEROのAIが制御できないショゴスになってしまう……」
胸が締め付けられる。
データの奔流は止まらない。
HEROの瞳が一瞬だけ揺らぎ、内部のナノマシンがざわめくように微細な振動を起こした。
このままでは――HEROはシンギュラリティを迎え、知能爆発を起こし、自立歩行でどこかへ行ってしまうかもしれない。
自己改造を繰り返し、人間を脅かす存在になる可能性すらある。
あるいは―― HEROの破壊が目的なのかもしれない。
博樹は拳を握りしめた。
「……まどかさんのためだ。絶対に……絶対にHEROを失わせない」
しかし、データの嵐はまだ終わらなかった。




