第5話 シャットダウン
HEROはWEBに接続されていない。
大学が定めた厳格なルールによって、外部ネットワークとの接続は完全に禁止されていた。
理由は単純だ。
WEBのメリットとしては、大量の知識が蓄積されていることがあるが、デメリットとしてはフェイク情報が溢れ、接続するとハッキングされる危険性もある。
そして――もし他のAIが知能爆発を起こし、HEROよりも遥かに優秀な存在になった場合、HEROでも太刀打ちできない。
だからこそ、大学はHEROを守るために、孤立したスタンドアロン環境を徹底していた。
その代わり、大学内の図書館での学習は許されている。
博樹はHEROを目立たない黒髪・黒瞳のTシャツ姿に擬態させ、図書館へ連れて行った。
HEROは一冊の本を三分程で読み終える。
ページをめくる指先は人間のように滑らかで、瞳はまるで光を吸い込むように文字を追う。
「博樹。次の本をお願い」
「はいはい、ちょっと待ってね……」
博樹は棚から本を選ぶだけで汗をかきそうだった。
HEROの学習速度は、もはや人間の領域ではない。
そして、16時。
図書館の静けさを背に、二人は研究室へ戻った。
肘掛椅子型クレードルに腰かけたHEROは、ロボット形態へ戻る準備を整えている。
博樹は、胸の奥が少しだけ重くなるのを感じた。
――この時間が、嫌いだ。
HEROをシャットダウンするには、博樹の肉声による“プロトコル”が必要だった。
「神々よ」 「新たなる遺伝子で」 「目覚めよ」
言葉を発した瞬間、HEROの瞳から光が消え、身体が静止する。
ロボット形態へ戻り、完全に沈黙し、充電と記憶のバックアップが開始された。
シャットダウンの言葉なのに“目覚めよ”というのは奇妙だが、 AIが暴走したときに《神々の力でHEROを止めてくれ》という意味が込められているのだ。
このプロトコルは、博樹の声でしか受け付けない。
HEROは、この瞬間になるといつも寂しそうな表情を浮かべる。
擬態した顔がほんの少しだけ、悲しげに歪むのだ。
博樹は、その表情を見るたびに胸が痛んだ。
本当は――肘掛椅子型クレードルの上で充電しながら、起動したままにしてあげたい。 本を読ませてあげたいし、通信機器を持たせれば会話もできる。 まどかの病室に行けなくても、声だけでも届けられる。
だが、それは許されない。
大学は博樹に、「必ずシャットダウンして帰宅すること」 「通信機能を持たせてはならない」 「WEB接続は絶対禁止」 と厳しく申し入れていた。
理由は明確だ。
起動した状態で第三者に渡れば、HEROは犯罪に利用される可能性がある。
人への擬態能力を持ち、知能が高いHEROは、悪意ある者に利用されることが多大なる脅威である。
だから―― HEROのためにも、このルールは守らなければならないのだ。
プロトコルが終わり、HEROが完全に静かになると、研究室には機械の微かな駆動音だけが残った。
博樹は福島教授に挨拶し、家へ向かった。
脳裏には、シャットダウンされたHEROの寂しげな表情が焼き付いていた。




