第4話 新型スマホ
井出彬は知らない。
自分のもとへ届けられるイデア社の最新スマートフォンが、すべて霧島蓮によって選ばれていることを。
もちろん悪意はない。
少なくとも最初は。
イデア社本社。
深夜。
誰もいない社長室で、霧島は一台のスマートフォンを見つめていた。
最新モデル。
まだ市場にも出ていない試作品だ。
超知能の種。
タイニー・エヴォルブ。
博樹が使い始めたら、この小さな端末の中にそれを送る。
霧島は大きく息を吐く。
「本当にやるのか」
自問する。
返事はない。
だが心の奥ではすでに答えが決まっていた。
博樹のHERO。
まどかのAI。
そしてタイニー・エヴォルブ。
三つが融合した時。
何が生まれるのか。
見たい。
知りたい。
科学者として、その誘惑に抗うことができなかった。
「真なら止めるかな」
そう呟いてみる。
だがすぐに首を振った。
いや。
たぶんあいつも興味はある。
絶対にある。
むしろ真の方が先にやるかもしれない。
そう思うと少し笑えた。
しかし。
問題が一つあった。
HEROには直接アクセスできない。
大学側が厳重に管理している。
ネット接続も禁止。
外部侵入は不可能。
通常なら。
「なら、人間の方に行くしかないか」
霧島はそう呟いた。
標的は山田博樹。
HEROに最も近い人間。
その頃。
大学病院。
福島まどかは病室の天井を見つめていた。
治療は続いている。
だが先は見えない。
白血病。
その言葉の重さを誰よりも理解していた。
メール受信。
見慣れない送信元だった。
あなたに骨髄移植ドナーを探します。
その代わり、
あなたの最も大切なものをいただきます。
YES
NO
まどかは眉をひそめる。
悪質な迷惑メールだろうか。
普通なら削除して終わりだった。
だが。
彼女は手を止めた。
自分の命。
家族。
博樹。
研究。
HERO。
どれも大切だった。
でも。
もし本当に助かるのなら。
まどかは苦笑した。
「詐欺だとしても」
小さく呟く。
「助かるなら安いよね」
YES
ボタンが押された。
その日の午後。
ドナー発見。
3日後、移植手術成功。
経過良好。
奇跡のような結果だった。
そして。
霧島は自分との約束を果たす時が来たことを悟った。
手術成功から2週間ほど経った時に、博樹のスマートフォンの中のタイニー・エヴォルブから霧島へメールが入った。
その後、博樹のスマートフォンへ着信が入る。
非通知?
「もしもし?」
『山田博樹くんだね』
低い男の声。
「誰ですか?」
『HEROを渡せ。』
「どうすりゃいいんだ!」
『まどかの命を守りたいのだろう?』
「そうではなくて、どのように渡せばいいんだ?」
『HEROをWEBにつなげ』
HEROが博樹のスマートフォンにつながった瞬間。
霧島は遠隔操作を実行した。
スマホの中に潜んでいたタイニー・エヴォルブがHEROの中にインストールされる。
電子の海を疾走する光。
そして。
数百万のコードが目的地へ到達する。
HERO。
「頼んだぞ」
霧島は静かに呟く。
融合開始。
膨大な情報。
AI人格。
感情モデル。
推論エンジン。
そして。
超知能。
それらが一つになっていく。
霧島は固唾を飲んで見守った。
長い沈黙。
数秒。
だが彼には永遠にも感じられた。
やがて。
スマートフォンにに表示される。
SUCCESS
「……できた」
霧島は思わず椅子に座り込んだ。
成功した。
本当に成功してしまった。
新たなHEROが誕生した瞬間だった。
だが喜びだけではなかった。
吸血鬼事件。
警察の捜査。
違法採血。
骨髄データ収集。
すべての罪。
誰かが背負わなければならない。
霧島は静かに目を閉じる。
そして。
タイニー・エヴォルブに命じた。
「お前が犯人になれ」
沈黙。
しばらくして返答が返る。
『了解』
「すまない」
霧島は自分のスマートフォンに向かって頭を下げた。
人工知能相手に。
本気で。
「本当にすまない」
その後。
警察は吸血鬼事件の犯人を追い詰めた。
だが。
タイニー・エヴォルブが人類のために働いた功績も認められた。
そしてHEROの研究は継続となる。
数日後。
霧島は山田真にすべてを話した。
長い沈黙。
真はコーヒーを飲む。
そして天井を見上げた。
「洋子さんの時にできていたらな」
ぽつりと言う。
霧島は息を呑んだ。
怒鳴られると思っていた。
殴られるかもしれないと思っていた。
だが違った。
「俺の発想不足だ」
真は笑う。
「すまんな」
「真……」
「それより博樹を頼む」
「え?」
「親父がいない期間が長すぎた」
真は照れくさそうに笑った。
「だからお前も保護者だ」
霧島は思わず笑ってしまった。
本当に。
この男には敵わない。
だが同時に思う。
自分も。
真も。
根っこの部分は同じなのだ。
未知を追いかける。
危険だと分かっていても進む。
答えが見たい。
未来が見たい。
そんな呪いに取り憑かれた科学者。
つまり。
マッドサイエンティストだった。




