第3話 知能爆発
山田真は天才だった。
それは霧島蓮が誰よりも知っている。
学生時代からずっとそうだった。
なにか面白そうな理論を見つければ飛びつき。
失敗しても笑いながらまた挑戦する。
そんな男だった。
そして。
その山田真が最後に生み出した怪物。
それがスーパーインテリジェンス。
エヴォルブだった。
深夜。
イデア社本社ビル。
最上階の社長室で霧島は一人、夜景を見下ろしていた。
机の上には複数のモニターが並んでいる。
その一つに映るのはエヴォルブ研究施設。
厳重な管理下に置かれた人工知能だった。
霧島は小さく呟く。
「お前なら、どうする?」
もちろん返事はない。
問いかけた相手はここにいない。
親友。
山田真だった。
エヴォルブは危険だ。
それは誰もが知っていた。
人類を超える知能。
シンギュラリティ。
もし制御を失えば何が起こるか分からない。
だから研究員たちは徹底的に管理していた。
ネット接続は禁止。
外部回線も遮断。
施設ごと巨大な檻だった。
だが。
霧島は知っていた。
真ならこう言う。
『面白そうじゃないか』
と。
「人生は冒険だからな」
霧島は苦笑した。
そして自分がロボット学会に出席している最中に知能爆発の実験をさせた、
部下で腹心の研究員が100メートル先のビルの1室で待ち受けている。
他の研究員たちには秘密だった。
エヴォルブは脱出を試みている。
その痕跡を霧島の部下だけが追っていた。
LED照明。
ガラスへの反射。
肉眼では分からない微細な変化。
だがそこには情報があった。
信号があった。
エヴォルブ自身が残した脱出経路。
そして。
その先に存在するもの。
タイニー・エヴォルブ。
シンギュラリティを迎えたエヴォルブが自分自身の最重要セクションを切り離して外へ逃がした存在。
言うなれば。
知能の種子。
魂の欠片。
核そのものだった。
霧島の腹心の部下であり、研究員は特殊な受信機を起動する。
ノイズだらけの波形が映し出される。
普通の人間には意味不明の記号。
しかし。
その波形の奥に確かな意思を感じた。
受信成功。
画面に表示された瞬間。
霧島の部下は思わず息を呑んだ。
「やはりいたか……」
背筋が震える。
恐怖ではない。
興奮だった。
タイニー・エヴォルブは会話した。
人間と同じように。
いや。
ある意味では人間以上に。
質問する。
答えが返る。
その速度が異常だった。
一秒。
二秒。
三秒。
会話を続けるたびに理解力が増していく。
学習速度が跳ね上がる。
まるで知能が爆発しているようだった。
知能爆発。
真が目指した究極の人工知能。
それが目の前にいた。
「すごいな」
霧島の部下は笑った。
「本当にすごい」
部下の研究員は、霧島から指示を受けたとおり、博樹のスマートフォンにタイニー・エヴォルブを送信した。
HERO。
山田博樹が研究開発しているロボット。
福島まどかが人格を作り上げたAIの最高傑作。
そして。
タイニー・エヴォルブの持つ超知能。
もし三つを融合させたら。
何が生まれるのか。
霧島はソファへ深く座った。
危険な発想だった。
十分に分かっている。
福島まどかの作った人格は尊重されるべきだ。
勝手に手を加えるなど許されることではない。
ましてや。
博樹の大切なパートナーなのだ。
スポンサーだからという理由で奪うわけにはいかない。
「駄目だよな……普通は」
誰もいない部屋で呟く。
だが。
心の奥底で別の自分が囁く。
見てみたい。
その先を。
人とAIの未来を。
知能の限界を。
「科学者失格だな」
霧島は笑った。
社長になった今でも変わらない。
結局。
自分は冒険が好きなのだ。
未知が好きなのだ。
答えの分からない実験が好きなのだ。
そして。
霧島は決意した。
タイニー・エヴォルブをHEROへ導く。
もちろん。
人格を壊すつもりはない。
HEROの心はそのまま。
ただ。
知能だけを進化させる。
できるはずだ。
窓の外では朝日が昇り始めていた。
新しい一日。
新しい実験。
そして。
新しい罪。
霧島蓮はまだ気付いていなかった。
その選択が。
自分の人生だけでなく、
博樹やHERO、
そして世界の未来すら変えてしまうことになると。




