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罪と英雄(SIN-HERO)  作者: 三川三山
第2部 真編
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第5話 毛無峠の地下洞窟

翌日。


山田真は会社を休んだ。


社長の予定など山ほど入っていた。


だが今はそんなことを気にしている場合ではない。


昨夜聞いた話が本当なら。


人類はすでに侵略され始めている。


しかも誰も気付いていない。


真は早朝から高山村の実家を出た。


愛と博樹には適当な理由を伝えてある。


愛は少し不思議そうだったが、それ以上は聞かなかった。


愛にはそういうところがある。


夫を信じる。


それが彼女の強さだった。


毛無峠。


かつてラジコングライダーを飛ばしていた懐かしい場所。


しかし今日は違う。


観光でも趣味でもない。


真は車を停めると、スタンガンをポケットに押し込んだ。


「あいつが本当のことを言っているなら……」


深く息を吸う。


そして通行止めのロープをくぐった。


谷底へ続く旧索道跡。


小串鉱山が栄えていた頃の巨大な鉄塔が今でも残っている。


霧に包まれたその姿は、まるで古代遺跡のようだった。


風が鳴る。


鉄骨が軋む。


不気味な音だった。


やがて真は異変に気付く。


「あれは……」


岩肌の奥。


大きな洞窟が口を開いていた。


以前、見学に来た時にはなかったはずだ。


少なくとも記憶にはない。


洞窟の内部からは風が吹き出している。


まるで巨大な生き物が呼吸しているようだった。


真は懐中電灯を取り出した。


慎重に足を進める。


洞窟は想像以上に広かった。


しかも人工的だ。


壁面には掘削された跡が残っている。


「本当に掘ったのか……」


黒ずくめの男たちが。


いや。


粒体生命体たちが。


背筋が寒くなった。


もしこれだけの空間を掘れるなら。


人間社会への侵入など簡単かもしれない。


どれくらい進んだだろう。


十分ほど歩いた頃。


真は開けた空間へたどり着いた。


そして。


息を呑んだ。


「なんだ……あれは……」


巨大な球体。


直径十メートルほど。


洞窟の中央に鎮座していた。


黒い。


いや。


完全な黒ではない。


表面が絶えずうごめいている。


波打っている。


蠢いている。


まるで無数の虫が集まった塊のようだった。


その表面から時折、人間の顔らしきものが浮かび上がっては消える。


見ているだけで吐き気がした。


「あれが……核……」


空気が臭い。


腐敗臭にも似ている。


生臭い。


生物の巣穴の匂いだ。


真の本能が叫んでいた。


逃げろ、と。


その時だった。


黒い球体の周辺に浮いている粒体、地面にある粒体が人間形態になった。


さらにもう一体。


また一体。


次々と。


黒ずくめの男たちが生まれていく。


「マジかよ……」


男たちは歩く。


そして再び球体に取り込まれていくものもあった。


実験でもしているかのように。


増殖でもしているかのように。


真は震える手でカメラを構えた。


証拠を残そうとした。


しかし。


暗すぎる。


シャッターを切っても何も写らない。


「くそっ……」


その瞬間。


男の一人がこちらを向いた。


真と目が合った。


ぞわり。


全身の毛穴が開く。


「あ……」


次の瞬間。


男が走った。


真へ向かって。


全力で。


「やばい!」


真は反射的に逃げ出した。


洞窟を駆ける。


背後から足音。


ひとつじゃない。


二つ。


三つ。


いや。


もっとだ。


増えている。


真は振り返らずスタンガンを放った。


バチッ!


青い火花。


男の一体が悲鳴を上げる。


その身体が崩れた。


液体になり。


粒子になり。


消える。


「本当に効く!」


だが安心する暇はない。


次々と現れる。


まるでアリの巣だ。


真はひたすら退却した。


何体倒したか分からない。


十体か。


二十体か。


汗だくになりながら地上へ飛び出した。


車へ飛び乗る。


エンジン始動。


そのまま山を下った。


ハンドルを握る手が震えている。


社長になってから幾度も修羅場を経験した。


大型買収。


国際交渉。


訴訟問題。


だが。


今日は違う。


相手は宇宙人だ。


午後。


真は長野原警察署を訪れた。


事情を説明した。


高山村での出来事。


黒い液体。


洞窟。


核。


侵略計画。


すべてだ。


警察官は真剣に聞いていた。


最後までは。


「なるほど」


「信じてくれますか?」


「うーん……」


警察官が困ったように笑う。


「お疲れなんじゃないですか?」


真は頭を抱えたくなった。


やはりこうなる。


証拠がない。


写真もない。


信じてもらえるわけがなかった。


その夜。


都内の自宅。


三十階の高層マンション。


博樹は先に寝ていた。


リビングには愛と真だけ。


夜景が窓の向こうで輝いている。


「話がある」


真は切り出した。


愛は黙って聞いた。


最初から最後まで。


一度も口を挟まずに。


十分後。


話し終える。


普通なら笑うだろう。


否定するだろう。


病院を勧めるかもしれない。


だが。


愛は違った。


「あなたは嘘をつかないもの」


ただそれだけを言った。


真は思わず息を飲む。


「信じるのか?」


「ええ」


即答だった。


「でも……」


愛は少し考えた。


「数千年かける計画なのよね?」


「ああ」


「だったら博樹の時代じゃないかもしれない」


真は首を横に振った。


「違う」


愛が見上げる。


「奴らは増えている」


真は真剣な声で言った。


「もしどこかで博樹が襲われたら?」


愛の表情が変わる。


母親の顔になった。


「融合されたら?」


愛の手が震えた。


「お前も」


「……」


「俺も」


「……」


「誰だって被害者になる」


静寂。


時計の音だけが聞こえる。


やがて愛は立ち上がった。


真の前まで来る。


そして。


その瞳をまっすぐ見つめた。


「なら戦いましょう」


真は息を止めた。


「あなた一人じゃないわ」


愛は微笑む。


「私もいる」


「しかし、お義兄さんや博樹には秘密にしてほしい。できれば、君にも話したくはなかったが、知れば自ら危険に近づくかもしれないから。」


窓の外で東京の夜景が瞬いていた。


その光の下で。


山田真は決意する。


誰にも信じてもらえなくてもいい。


笑われても。


狂人扱いされても。


家族だけは守る。


そのためなら。


社長という立場も。


富も名誉も。


すべて捨てて構わない。


まだ知らなかった。


その決意が。


やがて十億円を投じた極秘計画へと繋がり。


妻との別離。


息子との離別。


そして群馬決戦へ続いていくことを。

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