第4話 侵略者の告白
群馬県草津町。
イデア社の保養所からの帰り道だった。
真は休日になると、よく家族を温泉へ連れてきていた。
妻の愛。
そして幼い息子の博樹。
家族三人で過ごす時間は、巨大企業の社長となった今でも何より大切だった。
帰りには高山村の実家へ立ち寄る。
両親に孫の顔を見せるためだ。
その日は、実家に妻子をあずけ、キャッシュディスペンサーでお金をおろしに高山村役場の駐車場へ車を停めた。
そして。
真は凍りついた。
一人の男が立っていた。
黒いスーツ。
黒いネクタイ。
黒い革靴。
サングラス。
忘れるはずがない。
十三年前。
毛無峠で出会った男だった。
「……まさか」
男がゆっくりとサングラスを外す。
そこにあった顔は。
まったく変わっていなかった。
一日たりとも歳を取っていないように見える。
真は三十三歳になっていた。
しかし。
男はあの日のままだった。
「お久しぶりです」
男が微笑む。
それだけで真の背筋には冷たいものが走った。
「あの時の……」
「はい」
「嘘だろ……」
思わず声が漏れる。
十三年だ。
人間なら老ける。
少なくとも雰囲気くらいは変わる。
だがこの男は違った。
まるで時間そのものから切り離されている。
「ここに来ればお会いできると思っていました」
男は穏やかに言った。
「毎日、ここで待っていました」
「毎日?」
「はい」
真は思わず顔を引きつらせた。
十三年間も?
いや、そんなはずはない。
冗談だろう。
だが男の表情は本気だった。
「あ、あの時は悪かったな」
真は苦笑いした。
「長野県の高山村じゃなくて群馬県の高山村へ連れてきちゃったし」
すると男は意外そうな顔をした。
「ああ。その件ですか」
「怒ってただろ?」
「少しだけ」
「少しか?」
「かなりです」
真は苦笑する。
男も少し笑った。
どうやら会話はできるようになったらしい。
「その後どうしたんだ?」
「ヒッチハイクです」
「は?」
「東京まで行きました」
「東京?」
「ええ」
男はうなずく。
「だから結果的には正解でした」
「正解?」
「ええ。私は東京へ行きたかったようです」
他人事のような言い方だった。
真はますます違和感を覚える。
まるで。
自分自身の感情を学習している最中みたいだった。
「なあ」
真は静かに尋ねた。
「君は何者なんだ?」
男は少しだけ空を見上げた。
まるで言うべきか迷うように。
そして。
「宇宙人です」
あっさり答えた。
「……は?」
「正確には粒体生命体です」
真は無言になった。
あまりにも突飛すぎる。
だが。
十三年前に黒い液体になった男だ。
今さら常識も何もない。
「説明してくれ」
男はうなずいた。
「私たちは故郷の星を失いました」
そうして。
彼は淡々と語り始めた。
故郷の爆発。
宇宙漂流。
地球への飛来。
粒体生命体。
地下に潜む核。
何百体もの擬態個体。
日本中への浸透。
まるでニュース原稿を読むように。
感情のない声で。
真は最後まで黙って聞いていた。
そして。
話を聞き終えた時。
一つだけ確認する。
「目的はなんだ?」
男は即答した。
「地球征服です」
風が吹いた。
役場の駐車場に落ち葉が転がる。
だが真は動かなかった。
「……本気で言ってるのか?」
「もちろんです」
男は微笑む。
穏やかに。
まるで天気予報でも話すように。
「現在の人類は十三億人ほどです」
「十三億?」
「ええ。当面の目標は全人類の排除となります」
「待て」
真は額を押さえた。
頭痛がしてきた。
いや。
そう思いたい。
だが男の話は妙に整合性がある。
嘘をついているようには見えなかった。
「つまり」
真はゆっくり言った。
「お前たちは人類を滅ぼす気なんだな」
「はい」
男は迷いなくうなずく。
「数千年かけて」
「気の長い話だな」
「我々は急ぎませんので」
そう言って男は笑った。
その笑顔が真には不気味で仕方なかった。
「一つ聞いていいか」
真は腕を組んだ。
「なんでそんな話を俺にする?」
男はしばらく考えていた。
やがて静かに答える。
「お願いがあるからです」
嫌な予感がした。
非常に嫌な予感だった。
「お願い?」
「はい」
「なんだ」
男は真っ直ぐ見た。
そして言った。
「私と融合してください」
沈黙。
数秒。
真は理解を拒絶した。
「……は?」
「融合です」
「俺と?」
「はい」
「なぜ」
「あなたがイデア社の社長だからです」
あまりにも合理的な答えだった。
「我々は高圧電流が弱点です」
男は説明を続ける。
「その欠点を克服するため、人間の知識や社会性を学ぶ必要があります」
「だから俺と融合する?」
「はい」
「嫌だと言ったら?」
「残念ですが別の方を探します」
真は頭を抱えたくなった。
本当に宇宙人なのだろう。
交渉があまりにも合理的すぎる。
「わかった」
真は言った。
「だったら交換条件だ」
男が首を傾げる。
「お前たちのリーダー」
「核ですね」
「あれの弱点を教えろ」
男は少しだけ考えた。
そして。
あっさり答える。
「炎です」
真は思わず目を見開く。
「炎?」
「はい」
「それだけか?」
「正確には超高熱です」
「なるほど」
真の頭の中で何かが回り始める。
技術者としての思考。
ロボット開発者としての思考。
そして父親としての思考。
もし本当に侵略者がいるのなら。
今ここで情報を得る必要がある。
「核はどこにいる」
「毛無峠付近の地下洞窟です」
「なぜ地下に?」
「火山を恐れているからです」
男は即答した。
「核は生き残ることを最優先としています」
「つまり」
「高温に弱いのです」
真はうなずいた。
十分だ。
必要な情報は得た。
「では」
男が言う。
「融合していただけますか?」
その身体が崩れ始める。
黒い液体へ。
十三年前と同じだ。
液体は蠢きながら真へ近づいてくる。
まるで蛇のように。
「約束ですので」
黒い液体が口元まで迫った瞬間。
真はポケットから取り出した。
ライター型スタンガン。
パチッ!!
青白い火花が弾ける。
「ギャァァァァッ!!」
液体が悲鳴を上げた。
瞬間。
黒い身体は霧のように崩壊する。
電撃に焼かれ。
粒子となって消滅した。
静寂。
役場の駐車場には何も残っていなかった。
真はスタンガンを握ったまま立ち尽くす。
そして。
ゆっくり空を見上げた。
青空の向こう。
宇宙の彼方から来た侵略者。
もし男の話が本当なら。
自分は今、とんでもない秘密を知ってしまったことになる。
そして。
山田真の人生を賭けた戦いが。
ここから始まろうとしていた。




