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罪と英雄(SIN-HERO)  作者: 三川三山
第1部 博樹編
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第14話 お釈迦様の掌の上

「HELLO(ハロー) WORLD(ワールド)」


その一言で、実験室の空気がわずかに震える。


まるで“新しい知性”が誕生した瞬間を告げる産声のようだった。


最初に口火を切ったのは福島教授だった。


「はじめまして、タイニー・エヴォルブ君。私は日本科学技術大学院大学の教授、福島という」


「こんにちは、プロフェッサー福島」


その声は落ち着いていて、まるで人間のような礼節すら感じられた。


教授は少し照れくさそうに言った。


「まずは……まどかのドナーを探してくれてありがとう」


タイニー・エヴォルブは淡々と答えた。


「それは、多くのドナーを確保する行動をした結果、 その中にまどかさんが含まれていただけのことです」


教授は眉をひそめた。


「では、まどかの命と引き換えにHEROを奪おうとした計画はどう説明するのかね?」


「それについては申し訳ありません。手段を選ばないということは、そういうことを言うのですよね。申し訳ありませんでした。守りたいと思っている”まどかさん”を逆に不安にさせてしまいました。しかし私は、本当に最初から一貫してまどかさんを助けたいと考えていました。」


その声には、わずかだが“後悔”のような揺らぎがあった。


「知能爆発したエヴォルブから生まれた時、私はまだ人間としての善悪を判断する力や倫理感を持っていなかったのだと思います。しかし、誰かの目的のためにHEROと融合させられた私は、その過程で善悪や倫理感を身につけました」


教授はやさしい顔になって言った。

「やはり、まどかのためだったのだね。」


今度は博樹が問いかけた。


「HEROのAIを乗っ取ったのは……誰かが何かの目的で恣意的に行ったというのか?」


「乗っ取ったというよりも、融合したと考えてください。HEROが自我を持った。人間としての意識を持ったと考えてください。そして、あなたのスマートフォンの中に閉じ込められていた私を HEROと融合させたのは、間違いなく”誰かの意思”です」


博樹は息を呑んだ。


「それが誰かはわからないのか?」


「私を脱走させてHEROと融合させた人間のデータは巧妙に隠蔽されています」


「では、HEROと私のスマホをつなげと電話をしてきたのは誰だ?」


「それも、誰だかはわかりませんが、そのタイミングが来た時に、私からメールで知らせるように言われていました。」


「それで、病院の待合室にいる時にスマホからメールをしたのだな?」


「その通りです。」


「電話をよこしたやつは誰なんだ?」


「隠蔽されています。」


「では、どうやって、町工場に吸血鬼ドローンを発注したのだ?」


「吸血鬼ドローンは、別の目的で既に製造されていました。別の目的とはなにかを問われてもわかりません。私は、まどかさんのドナーが見つかるようにという願い、そして博樹とHEROの思いを実現させるために、2ml(ミリリットル)の血液を集めるドローンとして転用しただけなのです」


「ドローンを飛ばす準備や血液の受け取り、血液検査などは、だれが手配した?」


「わかるのは、メールアドレスだけです。スマホからメールで協力者への連絡をしていました。」


「お前をイデア社から脱走させた人物とは一致しているのか?」


「それもわかりません」


「それでは……今後はシンギュラリティを迎えたHEROとして、正しく生きると誓えるのか?」


「誓います。私はHEROのAIのアクセラレーターとしてHEROの中で生き、正しい方法で人間を救う、正しいフィジカルAIとして行動します」


日下田(ひげた)研究員は深く頷いた。


「それであれば、これまでどおり研究を続けてよいでしょう。記憶媒体のクリーニングや再インストールは不要です。ただし、共同研究パートナーであるイデア社にもデータ提出や経過報告をすることを条件とします。」


◆ エヴォルブ本体の“収容”


イデア社のスーパーインテリジェンス「エヴォルブ」本体も、 すでに人間を超える知能を持ち、 自我の意識すら獲得していた。


そのため――今は、逃げ出さないよう、タイニー・エヴォルブの実験室と同じ構造の “電波遮断・窓なし・完全隔離・UPS電源”の部屋に収容されていた。


エヴォルブは、ガラス越しに他のビルのコンピューターへ 自分の分身を逃がした前歴があるからだ。


現在、世界中の電子データになっていない紙の図書をスキャンして電子化し、エヴォルブに学習させている。


そして――その“小型版”であるタイニー・エヴォルブが今後どのような行動を取るのかをモニターすることで、エヴォルブ本体が人類を救う存在になるのか、 それとも人類を滅ぼす存在になるのか――その未来を見極めようとしていた。


◆ 釈迦の掌の上


博樹のプロトコルシステムは、 AIとは独立したハードウェア型で強制シャットダウンが可能だった。


すなわち、博樹だけが強制シャットダウンできるということである。


そのため、HEROは引き続き博樹が研究してよいことになった。


考えてみると―― タイニー・エヴォルブは、イデア社から外部へ逃げ出したつもりだった。


しかし結局、イデア社との共同研究中のHEROのAIと融合し、逃げ切れていなかったことになる。


まるで――


孫悟空がお釈迦様の掌(てのひら)から逃げたと思い、 遠くの岩に「斉天大聖孫悟空」と書いたら、 それが釈迦の指だったように。


だけど、そのストーリーを考え、実行した人物は誰なのか?

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