五色の卓
次の合茶の打ち合わせをしたい。ヨーゼフ様からそう連絡が来たのは、イルゼヴィーネ様の付き添いから五日ほど経った頃だった。
場所は、辺境伯家の別邸。マルグレーテ様が「ぜひうちで」と、一も二もなく手を挙げてくださったらしい。
応接間に通されると、もう三人が揃っていた。ヨーゼフ様と、エーリヒ様。それから、ヴィルヘルム様。
前髪の片側は、今日も小さな留め具でとめられていた。
――今日もつけてくれてる。
それだけで、なんだか嬉しくなる。
「エミーリア様、お久しぶりです! 今日は僕、企画係として来ました」
エーリヒ様が、勢いよく立ち上がった。前回の合茶で「誰の発案です?」と悪戯っぽく尋ねてきた方だ。手には、紙の束を抱えている。
「次の合茶の案です。三つ考えてきました」
一枚目は、仮面をつけて素性を伏せる仮面茶会。二枚目は、湖に小舟を浮かべて二人ずつ乗る舟遊び茶会。三枚目は、全員で庭に隠した宝を探す宝探し茶会。
――え、全部、前世にあったやつ。
仮面で素顔を隠すパーティー。船の上で過ごすクルーズ婚活。謎解きをしながら仲良くなる婚活。どれも人気だった。この方、生まれる世界が違ったら、きっと敏腕の企画屋さんだ。
仮面の会には、実は私も申し込みかけたことがある。外見ではなく、中身で選んでもらえる。それが魅力だった。
でも、最後の最後で手が止まった。もし誰かと両想いになって、仮面を外した瞬間にがっかりされたら。そう思ったら、どうしても申し込めなかった。
「……エミーリア様?」
斜め向かいから、ヨーゼフ様の声がした。
「今、少し遠くを見ていらっしゃいましたね」
「え? いえ、どれも素敵で、迷っていただけです」
慌てて笑顔を作る。この方は本当に、よく見ている。
「どれも楽しそうです。ただ、前回いただいたご意見を思い出していて」
私は手帳を開いた。ヨーゼフ様から聞き取った、前回の反省点だ。
「自己紹介の時間が短くて、名前と顔が結びつく前に二人組になってしまったこと。それと、令嬢方が、ご自分から殿方に話しかけてよいのか迷っていらしたこと」
「ええ、言いましたね」
ヨーゼフ様が頷く。
「仮面だと、お顔とお名前がますます結びつきません。小舟は、初対面だと話が途切れた時に逃げ場がありません。宝探しは……たぶん皆様、宝しか見なくなります」
「……確かに」
エーリヒ様が、紙の束を抱えたまま天井を仰いだ。
「なので、今回はこうしてはどうでしょう」
前世の婚活パーティーを参考に、この国の茶会に合うよう少し形を変えて、一つずつ説明していく。
まず、人数。運営の私たちは数に入れずに、前回より一人ずつ増やして五人ずつ。全員の顔を覚えられて、それでいて話し相手に困らない数だ。
それから、全員に名札代わりの小さなカードを。名前と、好きなことを一つだけ書いておく。それだけで、話しかけるきっかけになる。
次に、席替え。殿方に少しずつ席を移っていただいて、全員と短くお話しする。誰に話しかけるか迷わなくていいし、一人とだけ気まずくなることもない。
最後に、もう一度お話ししたい方の名前を、こっそり紙に書いていただく。お互いの名前が揃った時だけ、幹事からそっとお伝えする。
「……断られても、誰にも知られない仕組み、ですか」
ヴィルヘルム様が、ぽつりと言った。
「はい。ほんの少しの勇気で、書けるようにする仕組みです」
「すごいな」
エーリヒ様が唸った。
「仮面より、ずっといい。……いや、仮面もいいと思うんですけどね?」
「仮面は、皆様が合茶に慣れた頃の楽しみに取っておきましょう。きっと盛り上がります」
「本当ですか!」
エーリヒ様の顔が、ぱっと明るくなった。
――よかった。企画係を、しょんぼりさせずに済んだ。
話はそこから、どんどん具体的になっていった。殿方への声かけはヨーゼフ様、会の流れはエーリヒ様、令嬢側は私。
ヨーゼフ様が懐から紙を取り出して、私の隣の席に移ってきた。
――近い。
肩が触れそうな距離だ。社交界の方の距離感って、こういうものなのだろうか。
「声をかける予定の殿方です。一度、目を通していただけますか」
「拝見します。この方は、前回の参加者の方とご交友が?」
「ええ、トーマスの友人です。それから、この方は……」
二人で一枚の紙を覗き込んで、あれこれと話を詰めていく。相変わらず、ヨーゼフ様は仕事が早い。
ひと通り確認し終えたところで、ヨーゼフ様がふと言った。
「ところで、例の紙。運営側は書かないのですか?」
「書きません。私たちは裏方ですから」
「書いてはいけない、という決まりは?」
「……ありません、けど」
「なるほど」
それだけ言って、ヨーゼフ様は紙を畳んだ。口元に、意味ありげな笑みが残っている。
――え、何。その「なるほど」は何。
カリカリ、と向かいからペンの音がした。
ヴィルヘルム様が、さっきから手元の紙に何かを書いている。ずいぶん力が入っているように見えた。
「ヴィルヘルム様、何か気になることがございましたか?」
「い、いえ。何も」
ペン先が止まる。紙には、同じ線が何度も重ねて引かれていた。
――あれ、緊張してる?
そういえば、前回は参加者だったヴィルヘルム様が、今回は運営側だ。勝手が違って、戸惑っているのかもしれない。
この方は、具体的な役割があれば強い。
「ヴィルヘルム様にも、お願いしたいことがあるんです。会場のお花を、お任せできませんか? このお屋敷の薔薇で飾れたら、きっと素敵です」
顔が上がった。見えているほうの緑の瞳が、ぱっと明るくなる。
「……はい。お任せください」
即答だった。
「今なら、紅、朱、臙脂、薄紅、それに白も咲き始めています。卓ごとに色を変えれば、庭全体が華やぐと思います」
話しながら、もうペンが別の紙の上を走っている。さっきまでの重たい線とは、まるで違う軽さだった。
そのペン先が、ふと止まった。
「あの……飾るだけでなく、もう一つ。お互いの名前が揃ったお二人に、帰り際、薔薇を一輪ずつお渡しするのは、どうでしょう」
「お土産、ですか?」
「はい。満開の花ではなく、咲き始めの蕾を」
ヴィルヘルム様は、少しだけ言葉を探すように間を置いた。
「お二人のご縁も、これから咲くものですから」
――え、素敵すぎない?
「すごくいいです、ヴィルヘルム様! お家に飾って、毎日少しずつ咲いていくのを見られるなんて。次にお会いした時の、話の種にもなります!」
二人で一枚の紙を挟んで、どの卓にどの色を飾るか、蕾が何本要るかを数えていく。入り口の卓は明るい薄紅、奥の卓は落ち着いた臙脂、それから――。
ふと顔を上げると、すぐ目の前に、緑の瞳があった。
――近っ。
いつの間にか、二人とも卓の上に身を乗り出していたらしい。慌てて身を引くと、ヴィルヘルム様も同時にのけぞって、椅子ががたんと鳴った。
「し、失礼しました!」
「いえ、こちらこそ……!」
――夢中になりすぎた。淑女として、あるまじき前のめり。
頬が熱い。紅茶を一口飲んで、なんとかごまかす。
「お二人とも、楽しそうですね」
隣から、ヨーゼフ様の声がした。いつもの柔らかな笑顔だった。
「……少し、羨ましいです」
「ヨーゼフ様も、お花の係がよかったですか?」
「……ええ。まあ、そんなところです」
ヨーゼフ様は、なぜか小さく肩をすくめた。
打ち合わせを終えて玄関へ向かうと、廊下でマルグレーテ様に呼び止められ
「はい! お花のことになると、本当に生き生きされていて」
「今回、運営に回るのもね、自分から言い出したのよ。合茶なんて、最初はあんなに尻込みしていたのに。どういう風の吹き回しかしらね」
ふふ、と笑って、マルグレーテ様は片目をつむった。
「これからも、あの子をよろしくね」
それだけ言うと、軽やかに奥へ戻っていってしまった。
帰りの馬車で、首を傾げる。
ヴィルヘルム様が、参加者ではなく運営側に。まずは場に慣れる練習、だろうか。でも、もし他に理由があるとしたら。
――まさか、婚活疲れ?
だとしたら、アドバイザーとして見過ごせない。次に会った時、それとなく聞いてみよう。




