報告書
三人分の調査結果を携え、私は、改めて公爵邸を訪ねた。馬車に揺られながら、どう報告すべきか、頭の中で、何度も言葉を組み立て直す。
手には、前世の記憶を頼りに、一晩かけてまとめた、報告書を携えていた。候補者ごとに、分かったことを、簡潔に箇条書きでまとめた、簡易なものだ。会社員時代、嫌というほど書かされた、あの報告書の形式が、こんなところで役に立つとは、思ってもみなかった。
「それで、結果は?」
応接間に通されるなり、イルゼヴィーネ様は、前置きもなく、本題を切り出してきた。心なしか、以前より、せっかちな口調だった。
「こちらに、まとめてまいりました」
差し出した紙に、イルゼヴィーネ様は、怪訝そうな顔をした。
「何、これ」
「候補者お三方について、分かったことを、要点だけ、整理いたしました。お目通しいただければ、全体像を、掴みやすいかと」
イルゼヴィーネ様は、しばらく、紙面を眺めていた。見慣れない形式に、戸惑っているようだったが、やがて、感心したように、小さく頷いた。
「……確かに、一目で分かるわ。便利ね。誰が考えたの、こんな書き方」
「私なりに、工夫してみました」
正直に答えると、イルゼヴィーネ様は、少し驚いたように、こちらを見た。それ以上は、深く追及されなかったことに、密かに胸を撫で下ろす。
「まず、カール様についてです。どなたに対しても、表面上は感じよく接せられますが、個人への関心が、見えてこない方でした。加えて、美容術師組合に、何らかの形で、関わっている疑いがございます。まだ、確証は得られておりません」
「組合との繋がり、ね」
イルゼヴィーネ様の眉が、わずかに動いた。
「穏やかじゃないわね。疑いの段階でも構わないわ、引き続き、気に留めておきなさい」
「承知いたしました。縁談の候補からは、一旦外れるとしても、別の形で、少し探りを入れ続けてみます」
「次に、ヴァレンフォール卿ですが」
「ああ、あの豪快な方ね」
「お人柄は、申し分ありませんでした。ただ、故郷に、すでに想う方がいらっしゃるとのことで」
「あら」
イルゼヴィーネ様は、少し意外そうに、扇を弄んだ。
「それは仕方ないわね。で、最後の一人は」
「ヴェルナー様です。……こちらは、正直に申し上げますと、まだ、よく掴めていない方で」
私は、王宮での対面の様子を、順を追って話した。地味で、控えめな物腰。それでいて、公爵家の件を、すぐに言い当てた鋭さ。辞退しないという、迷いのない即答。仕事の話になった途端の、慎重さ。
「カール様のように、何か疑わしい確証があるわけではございません。ただ、根拠のない勘、としか言いようのない、引っかかりがございまして」
話を聞き終えると、イルゼヴィーネ様は、扇をぱちりと閉じ、まっすぐに私を見据えた。
「正直に言うと、報告書だけでは、まだ判断がつかないわ」
イルゼヴィーネ様は、紙面を、指先で、軽く叩いた。
「特にこのヴェルナーという男。カール様のように、分かりやすく怪しいわけでもない。ヴァレンフォール卿のように、裏表がないわけでもなさそう。そのどちらとも違うから、報告を聞いただけでは、判断のしようがないのよ」
「それで、直接、お会いになりたい、と」
「ええ。この目で、確かめたいの」
「承知いたしました。でしたら、いきなり二人きりでお会いになるより、まずは、人の目がある、気軽な場で、さりげなく顔合わせをする方が、よろしいかもしれません」
「それなら、合茶、とかいう妙な催しがあったでしょう。あれでいいんじゃないの」
――え、そこまで知ってるの?!
内心で、思わず声が裏返る。ごく内輪で開いたつもりだったのに、もう公爵家の耳に入っているとは。さすが、公爵家の情報網。侮れない……恐るべし。
「あれは、各々が、新たな出会いを求めて、お集まりになる場でして。お二人の顔合わせとは、少し、趣旨が異なります。今回は、特定のお相手と、お互いをじっくり知っていただくための、少人数の、ささやかな席の方が、向いているかと存じます」
「……なるほどね。段取りは、あなたに任せるわ」
「かしこまりました。ヴェルナー様との顔合わせの場、近いうちに整えます」
話を切り上げようとした、その時だった。イルゼヴィーネ様が、ふと、口を開いた。
「それと――これは、まだ誰にも話していないのだけれど」
少し、迷うような間があった。これまで、彼女が、こんな風に、言葉を選ぶ様子を見せたことは、なかったように思う。
「うちの分家が、きな臭い動きをしているの。どうやら、新しく確かな後ろ盾を得ようとしているらしいわ。詳しいことは、まだ掴めていないけれど」
誰にも話していない、という一言の重みに、私は、密かに息を呑んだ。これまで、彼女は、分家との確執について、断片的にしか語ってこなかった。それを、今、初めて、自分の方から、言葉にしている。
「新しい後ろ盾、と申しますと」
「分からないわ。分かっていたら、今頃、もっと手が打てているはずだもの」
イルゼヴィーネ様は、小さく息をついた。
「悠長に構えている時間は、そう残されていないわ」
言葉の端々に、普段の高慢さの奥に隠れた、わずかな焦りが見え隠れしていた。
公爵邸を後にしながら、私は、懐の報告書の控えを、そっと確かめた。前世の、何でもない書式一つが、こんなところで、誰かの役に立つとは。不思議な気分だった。それに、あの報告書をきっかけに、いつもより、少しだけ、会話が弾んだ気もする。
やるべきことは、山積みだ。ヴェルナー様との顔合わせを整えること。そして、もう一つ。
そういえば、カール様には、肝心なことを、何も伝えていなかった。ご自身が、イルゼヴィーネ様の婚約者候補に挙がっていること。それすら、まだ、お話ししていない。ヴァレンフォール卿にも、ヴェルナー様にも、ちゃんと伝えてから、お気持ちを伺ったのに。
――うわ、私、一番大事なとこ、すっ飛ばしてた。
ちょうどいい。それを、改めてお伝えする、という名目で、もう一度、お会いできる。あの日、美容術師組合への出資について尋ねた途端、あの完璧な微笑みが、ほんの一瞬、固まった。あれが、一体何だったのか、今度こそ、もう少し、見極めたい。
帰りの馬車に揺られながら、私は、カール様への手紙の文面を、頭の中で、組み立て始めていた。




