内緒の相談役
それから、アンネリーゼ様とは何度か手紙をやり取りした。
最初の便りには、戸惑いが滲んでいた。「魔法をやめてから、むしろ少し肉付きが良くなった気がします」と。
当然だ、と思う。今まで無理やり絞り上げていたものが、元に戻ろうとしているだけなのだから。太ったのではなく、戻っただけ。そう返事を書いたものの、それから十日ほど、便りが途絶えた。
やはり、不安にさせてしまっただろうか。窓の外で雨の音がする日が続くたび、便箋を前に、そんなことを考えた。
迷った末、私の方から一枚だけ手紙を送った。「その後、いかがですか。効果が出るまで、もう少し時間がかかるだけです」と、短い一文を添えて。
数日後、返事が届いた。封を切る指先が、少し急いていた。
「正直に申し上げると、もうやめてしまおうかとも思いました。『月影の雫』を受ければ、今すぐにでも綺麗になれるのに、どうして遠回りをしているのだろうと」
「それでも――そういえば、指輪の締め付けが、少し緩んだ気がするのです。気のせいかもしれませんが。もう少しだけ、続けてみようと思います」
信頼、というにはまだ遠い。それでも、かろうじて繋ぎ止められた、小さな手応えだった。
そこから一週間ほど経った頃、「だるさが、和らいだ気がする」という一文が届いた。
私は返事に、一言だけ書き添えた。「日中、できれば軽く歩く時間を作ってみてください。激しい運動である必要はありません。血の巡りが良くなるだけで、だるさは違ってきます」
それから、「夜更かしはなるべく控えて」とも。身体を休める間がなければ、どんな食事も意味が薄れてしまう。
さらに一週間が過ぎた頃、届いた便りにはこうあった。
「肌の調子も、前より落ち着いてきたかもしれません。体つきも、最初の頃より少し、すっきりしてきた気がします」
魔法をかけた直後のような、劇的な変化ではない。それでも、確かな変化だった。
そして、つい先日届いた便りには、こう続いていた。
「体調が上向くと、心まで軽くなるものなのですね。先日の夜会では、以前よりずっと自然に振る舞えた気がします」
一度、文字の並びが乱れていた。少し間を置いてから、また続きが記されている。
「それと。停滞していた縁談も、少し動きそうなのです」
私的な話だ。わざわざ書き添える必要もないだろうに。それでも律儀に綴られたその一文を、私は何度も読み返した。
それから一月ほどが過ぎた頃だろうか。母に呼ばれて繕い物を手伝っていると、居合わせた次女のグレーテ姉様がふと漏らした。針の音だけが響いていた部屋に、姉の声がふと落ちる。
「そういえば、最近よく手紙を書いているのね。何やら楽しそうで」
「そんなこと、ないと思うけど」
「あら、そう?」
からかうような視線から逃げるように、私は針を動かす手を速めた。誰かに必要とされる、というのは、思っていたよりずっと悪くない気分だった。
その頃には、アンネリーゼ様以外からも、ぽつり、ぽつりと便りが届くようになっていた。
お茶会で何度か見かけたことのある伯爵家の令嬢、マリーカ様も、その一人だった。アンネリーゼ様から話を聞いたのだという。
「不躾なお願いだとは承知しております。……実は来月、両親の決めた見合いがございます。今更、何かが変わるとは思えないのですが、それでも」
文字はそこで一度途切れ、また続いていた。
「それでも、何もしないまま当日を迎えるのは、嫌なのです」
私は、決して大げさなことは言えないと前置きした上で、「よろしければ、お力になります」とだけ返事を書いた。
数日後、マリーカ様から届いた文には、安堵の色が滲んでいた。それから彼女とも、アンネリーゼ様の時と同じように、少しずつ手紙でやり取りを重ねていった。
そうして舞い込む相談は、誰も彼も、大々的に触れ回るような話ではないと分かっているのか、決まって「内密に」と前置きをしてから。
私は一人ずつ、丁寧に返事を書いた。特に見返りを求めていたわけではない。それでも、「せめてお礼を」と、ささやかな品を贈ってくださる方が何人かいた。断るのも角が立つ気がして、ありがたく受け取るうちに、気づけばそれが、我が家の家計を少しだけ助けるようになっていた。
領地の立て直しでほとんど王都を離れている父の代わりに、家のことを回しているのは、もっぱら母だった。その母が「少し楽になったわ」と密かに漏らすのを聞くと、くすぐったいような、誇らしいような気持ちになった。
気づけば私は、社交界の片隅で、密かに"内緒の相談役"のような立場になりつつあった。
そんな折、我が家に一通の書状が届いた。差出人は――アーデルシュタイン公爵家。
「エミーリア・クラインリヒト嬢へ。目に余る振る舞いについて、直接申し伝えたいことがあります。明日、応接間にて待っています」
余計な前置きも、丁寧な言葉もない、たった数行の書状だった。その素っ気なさが、かえって拒否を許さない圧を感じさせた。
その一文だけで、母は青ざめ、グレーテ姉様は目を丸くした。公爵家からの、それも名指しの招き。断れるはずもなかった。




