収穫
合茶から、数日が経っていた。イルゼヴィーネ様の名簿には、まだ進展がない。文官様への接触も、マリーカ様の叔母君の都合がつき次第、という段階で止まっていた。
――待つしかないこともあるよね。
そう割り切りつつ、私は、合茶の参加者お一人お一人に、改めて礼状をしたためることにした。まずは、ヴィルヘルム様から。書き始めると、あの日、別れ際に、二人で小さく笑い合った瞬間が、自然と思い出されてくる。
数日後、返事が届いた。目を通していくと、ある一文で、私は、思わず手を止めた。
「先日は、大変お世話になりました。実は、あれから、ゾフィー嬢に、本を一冊、お借りすることになりまして。感想を文にしたためたのですが……思いのほか、筆が弾んでしまい。気づけば、便箋を三枚も使っておりました」
そんなに、楽しく、やり取りが続いているのだろうか。もしかしたら、他にも、色々な本を貸し借りしているのかもしれない。今度会う時には、二人で、どんな話をしているのだろう。そんな想像が、次々と頭に浮かんでくる。
手紙の文面からも、どこか浮き立つような気配が、伝わってくる。よかった、と思う。合茶という試みが、ちゃんと、彼の世界を広げる一歩になっていた証拠だ。
――……あれ?
一瞬、胸の奥に、小さな棘のようなものが刺さった気がした。
(え、何、今の)
戸惑いながら、自分の胸に問いかける。それなのに、答えは、すぐには見つからなかった。とりあえず、今は、考えないでおこう。そう決めて、私は、意識を手紙の続きへと戻した。
「それと、先日いただいた助言のおかげで、ゾフィー嬢はもちろん、他の方々とも、以前より、随分と話しやすくなった気がします。一対一の見合いでは、どうしても身構えてしまうのですが、大勢で、それぞれのペースで話せる、あの形式が、私には合っていたのかもしれません。改めて、良い機会をいただき、感謝いたします。もしよろしければ、近いうちに、直接お会いして、お礼を申し上げたく」
律儀な言葉に、口元が緩んだ。ちゃんと、意味があったのだと思うと、肩の荷が、少し下りた気がする。お引き受けする旨を、私はすぐに書き添えた。
他にも、ロッテ様やトーマス様からも、「楽しい一日でした」「ぜひまた」と、お礼の一文だけの、短い手紙が届いていた。合茶という試みそのものが、参加してくださった皆に、それぞれ良い時間として残ったのだと思うと、幹事として、素直に嬉しかった。
返事を書きながら、ふと、もう一通、別の手紙が届いていたことを思い出す。差出人は、ヨーゼフ様だった。
そういえば、合茶も終盤に差しかかった頃、少し離れたところで、ロッテ様とマティルデ様が話しているのが、たまたま耳に入ったことがあった。
「ヨーゼフ様って、社交界でも、結構お声がかかる方なのよ。物腰が柔らかくて、誰にでも優しいから」
「あら、そうなの?」
「それに、あのお顔でしょう?先日の夜会でも、ご令嬢方が、きゃあきゃあ騒いでいらしたわ」
「まあ」
「ただ、その分、あちこちに、思わせぶりだって噂も」
立ち聞きするつもりはなかったが、耳に残っていた。実際、会話をした印象でも、確かに、如才なく、場を和ませるのが上手な方だった。誰かが話に詰まれば、すかさず助け舟を出し、かといって出しゃばりすぎることもない。あの噂も、あながち、的外れではないのかもしれない。
そんなことを思い出しながら、手紙を読み進める。
「先日は、楽しい時間をありがとうございました。エミーリア様の、細やかな気配りには、感心いたしました。誰がどんな話題を求めているか、見極めるのがお上手で。それに、皆の会話がうまくまとまった時、見せてくださった笑顔が、印象的でした」
社交上手な方の褒め言葉だからだろうか、妙に様になっていた。お世辞交じりだとしても、丁寧に言葉を選んでくださっているのが伝わってきて、悪い気はしない。
「それと――もし、よろしければ、近いうちに、お茶でもいかがでしょうか。合茶では、他の方々の仲を取り持つのに、お忙しそうにされていたので。今度は、もう少し、ゆっくりお話ししたく」
――これ、お誘い、ってこと?
思わず、手紙を持つ指先が、止まる。前世で読んだ、少女漫画の台詞みたいな言い回しに、なんだか、変にどぎまぎしてしまう。
(いや、社交上手な方なら、こういう言い回しも、日常茶飯事なのかも)
そう、自分に言い聞かせながら、私は、断る理由も特にないまま、お受けする旨を書き記した。
「ぜひ、お受けいたします」
書き終えて、私は、机の上に並んだ、幾通もの手紙を、しばらく見比べていた。
ヴィルヘルム様の、不器用ながらも実直な文字。ヨーゼフ様の、流れるように整った文字。それぞれ、随分と、色合いが違う。
そういえば、と、ふと思う。最初は、ヴィルヘルム様一人のために始めた試みだったのに、いつの間にか、これだけ多くの方との縁が生まれていた。合茶という、思いつきの企画が、こんなにも、色々な形で実を結ぶとは、正直、思ってもみなかった。
窓の外には、夕暮れの光が差し込んでいた。イルゼヴィーネ様の方は、まだ、文官様との接触すら叶っていない。それでも――今は、この賑やかな広がりを、素直に喜んでおこう。
一つの小さな思いつきが、こんなにも、色々な縁を紡いでくれた。それだけで、十分すぎるくらいの、収穫だった。




