合同茶会
合茶当日。
庭園には、白いテーブルクロスをかけた円卓がいくつか並べられていた。硝子の花瓶に活けた薔薇、銀盆に並んだ軽食、傍らには控えの侍女たち。堅苦しさを排したとはいえ、そこは貴族の催し。最低限の格式は、崩していない。
――よし。段取りは完璧。あとは、なるようになれ。
そう思っていた矢先、令嬢の一人から、急な体調不良で欠席するとの知らせが届いた。よりによって、当日の朝に。
四対四のはずが、四対三。人数が揃わないまま始めるのは、格好がつかない。かといって、今から代わりを探す時間もない。
――仕方ない。
私は、自分の胸元に手を当てた。進行役として、外から見守るつもりだったが、こうなっては、贅沢は言っていられない。
「本日は、私も、参加者の一人として、加えていただこうと思います」
そう告げると、マルグレーテ様が、目を輝かせた。
「あら、それは楽しみだわ」
参加者が、ぽつぽつと集まり始める。令嬢は、私を含めて四人。アンネリーゼ様の紹介で来てくれた、ロッテ様、ゾフィー様、マティルデ様。殿方も四人、ヴィルヘルム様の友人だという、エーリヒ様、トーマス様、ヨーゼフ様。
案内された庭園に、皆、それぞれ、最上級の礼を尽くして一礼する。貴族の子女らしい、優雅な所作だった。
「まあ、素敵な趣向ですこと!こういう催しは初めてで、わくわくしますわ」
真っ先に声を上げたのは、ロッテ様だった。優雅な礼のすぐ後とは思えない、人見知りとは無縁そうな笑顔だ。
「聞きましたよ、合茶とやら。面白い名を考えるものですね。誰の発案です?」
エーリヒ様が、悪戯っぽく尋ねる。「私です」と名乗り出る前に、ロッテ様が「エミーリア様ですわよ」と答えを引き取り、控えめな笑い声が起きた。初対面同士とは思えない、あっという間の打ち解けぶりだった。
――待って、この人たち、全員社交慣れしすぎでは?
内心で、ツッコミが止まらなかった。ヴィルヘルム様のために用意した場のはずが、開始早々、場の主導権は、すっかり別の面々に握られている。
肝心のヴィルヘルム様はというと、輪の端で、控えめに相槌を打つばかりだった。
(まずは、軽く場を和ませよう)
「それでは、まず、簡単なご挨拶に代えて、皆様それぞれ、最近ちょっと心が和んだことを、一言ずつお聞かせいただけますか」
前世の懇親の場で、幾度となく使った定番の趣向を、少し上品な言葉に整え直したものだ。堅苦しくなく、それでいて、話のきっかけになる。
順番に回っていく中、ヴィルヘルム様の番になると、少し戸惑いながらも、「先日、お庭の薔薇が、綺麗に咲きまして」と、ぼそりと答えた。地味な答えに、拍子抜けしたような空気が流れかけた、その瞬間。
「まあ、お庭を大切にされているのですね。薔薇は、何色のものを?」
とっさに、口をついて出た言葉だった。何とか場をもたせられて、内心、ほっと息をつく。ヴィルヘルム様は、少しほっとしたように、「赤が、一番多いのですが」と、答えを続けてくれた。その様子に、周りの空気も、自然と和んでいく。
一巡したところで、私は二人一組の組み合わせを、さりげなく采配する。ヴィルヘルム様には、物静かな印象のゾフィー様を。私自身は、ヨーゼフ様と組むことになった。
正面のヨーゼフ様と、他愛のない世間話を交わしながらも、私は、つい、少し離れた場所にいる、ヴィルヘルム様の様子が、気にかかっていた。人見知りをする方だ。うまく話せているだろうか。
「その……ゾフィー様は、どんなものがお好きなのですか」
風に乗って、ヴィルヘルム様の声が、途切れ途切れに聞こえてくる。以前、それとなく伝えた、「相手の好きなものを尋ねてみる」という助言を、そのまま実践してくれているようだった。
「本が好きで、特に、東方の紀行文を、よく読みます」
「それは……私も、少し気になっていて」
ヴィルヘルム様が、そう続けると、ゾフィー様の表情が、わずかに緩んだ。
「あら、ヴィルヘルム様も?」
相手の話に、ただ相槌を打つだけでなく、自分の興味と重ねて返す。これも、以前伝えた、会話を継いでいくコツの一つだった。ぎこちなくはあったが、確かに、実践できている。
その様子に、私は、密かにほっと胸を撫で下ろした。
「エミーリア様、ヴィルヘルムの方が、気になるようですね」
ヨーゼフ様に、からかうように言われ、私は、はっと我に返った。
「そういうわけでは……幹事の役目を仰せつかった以上、皆様のことが、つい、気になってしまうだけです」
慌てて、そう返す。我ながら、少し苦しい言い訳だった。
「なるほど、律儀な方なのですね」
ヨーゼフ様が、くすりと笑う。悪気のない様子に、少し肩の力が抜けた。
「返す言葉もございません。……それより、先ほどのお話、私も、ヨーゼフ様の物腰の柔らかさに、随分と助けられました。話しやすい方で、ありがたいです」
「それは、光栄です」
ヨーゼフ様が、少し照れたように笑う。歩きながら、他の組の様子を、二人でそれとなく眺めた。
「トーマス様とロッテ様の組、少し、話が途切れがちのようですね」
「そうですね……せっかくなので、少し、お邪魔してみましょうか」
私は、そのまま、二人の元へと歩み寄った。
「トーマス様、ロッテ様。お邪魔してもよろしいでしょうか」
「エミーリア様!」
ロッテ様が、ほっとしたように、こちらを見た。
「トーマス様は、確か、剣術がご趣味だとか。ロッテ様は、以前、観劇がお好きだと伺いました」
「そういえば、最近、剣を使った舞台が、評判だそうですよ」
「それは、気になりますね」
「ええ、実は私も」
ぎこちなかった空気が、少しずつ緩んでいく。ヨーゼフ様が、隣で、感心したように頷いていた。
「なるほど。ああやって、実際にお手本を見せていただけると、分かりやすいです」
日が傾き始めた頃、私は、皆様に、そろそろお開きにする旨を、そっと伝えて回った。会は、和やかな空気のまま、幕を閉じる。皆、それぞれに礼を尽くして別れの挨拶を交わし、「楽しゅうございました」「またこういう機会があれば」と言い残し、帰っていく。
帰り支度をする皆を見送りながら、私は、それとなく、ヴィルヘルム様の周りに目をやった。誰かが、特別に名残を惜しむ様子はない。皆、等しく礼儀正しく、等しく和やかに、挨拶を交わして帰っていくだけだった。
今日一日で、運命の相手が見つかった、というわけではないらしい。少し、寂しさもよぎる。それでも、この程度で終わるとは、最初から思っていなかった。
それでも、帰り際、ヴィルヘルム様は、以前より、少しだけ、自然な表情をしていた。
「今日は、ありがとうございました。……正直、これほど賑やかになるとは、思っていませんでしたが」
「私もです。想定より、随分と、皆様お元気で」
思わず、二人で、小さく笑い合う。
結果だけ見れば、縁は結ばれなかった。それでも、収穫がなかったわけではない――そんな気がした。




