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カールという人

アンネリーゼ様から、お茶の席が整ったと知らせが届いたのは、それから数日後のことだった。ヴィルヘルム様の園遊会は、まだ人数集めの段階で、こちらも並行して進めなければならない。


「共通の知人からの紹介、という形にしていただきました。私も、同席いたします」


心強い申し出だった。一人で切り出すより、こうして間に人が入ることで、余計な勘繰りを避けられる。


当日、指定されたのは、街の一角にある、洒落た喫茶店だった。アンネリーゼ様と、それぞれの侍女も同席する形で、奥まった席が用意されていた。


先に到着し、しばらく待っていると、扉が開く音がした。私たちは揃って立ち上がる。


「お待たせして申し訳ございません。カール・フォン・エーベルシュタインと申します」


一礼するその所作に、淀みは一切なかった。物腰も、身なりも、隙がない。


「エミーリア・クラインリヒトと申します。本日は、突然のお願いにも関わらず、お時間をいただき、ありがとうございます」


「いえ、こちらこそ。アンネリーゼ嬢からのお話でしたら、断る理由もありません」


席に着き、アンネリーゼ様が、最近の観劇の話題を振った。カール様は、その演目の見どころを、こちらの興味に合わせて、実に的確に語ってくれる。私が一言感想を挟めば、それにも、すかさず気の利いた相槌が返ってくる。


会話は、驚くほど心地よく進んでいった。それなのに、心地よければ心地よいほど、私の中では、妙な落ち着かなさが募っていった。


(……相槌の間合いが、いつも同じだ)


こちらが何を言っても、驚いたような一拍を置き、それから頷く。その間合いが、誰に対しても、寸分違わず同じであるように見えた。アンネリーゼ様が話す時も、私が話す時も、全く同じ長さの間、全く同じ角度の頷き。まるで、相手によって台本を変えているのではなく、台本そのものが、最初から"誰にでも通用する型"として、出来上がっているかのようだった。


一度、試しに、あえて分かりにくい言い回しで話しかけてみた。それでも、カール様は、些かも戸惑う様子を見せず、いつも通りの間合いで、綺麗に相槌を返してきた。まるで、こちらの言葉の中身より、"間合いを外さないこと"自体を、優先しているかのようだった。


私は、思い切って、話題を変えてみることにした。


「最近、令嬢たちの間で、『月影の雫』のことが、また話題になっていて」


日頃、体調の相談を受けることが多い分、つい耳に入ってしまう話題だった。


「ああ、あの痩身魔法ですか」


カール様は、いつもの微笑みのまま答えた。


「あちこちで話題になっているようですが、あれを施術しているのは、確か、美容術師組合でしたか」


美容魔法を扱う術師たちを束ねる、業界の統括組織のようなものだと、以前どこかで耳にしたことがある。痩身だけでなく、肌や髪に関する魔法まで、幅広く手がけていると聞く。


私がそう尋ねると、カール様は、軽く頷いた。


「ええ。私も、詳しいわけではありませんが……令嬢方の間での評判とは、また別の場所で、名前を聞くことがありますよ」


「別の場所、と申しますと」


「近頃、あの組合が、出資者を募っていると聞きます。回転率が良く、需要も安定しているとかで、手堅い投資先だ、という話を、何度か耳にしたことがあります」


出資者、回転率。令嬢たちの噂話には、まず出てこない種類の言葉だった。


「随分と、お詳しいのですね。ご自身でも、出資を?」


私がそう尋ねると、カール様の微笑みが、ほんの一瞬、固まった気がした。


「……いえ、耳にしたことがある、というだけです。大した話ではありません」


すぐにいつもの調子に戻ったものの、話を切り上げるような、微かな早さがあった。


「立ち入ったことをお伺いして、申し訳ございません」


「いいえ、構いませんよ」


それ以上は、何も引き出せなかった。それでも、私は、今の一瞬の違和感を、見逃さなかった。


カール様と別れたあと、アンネリーゼ様と、少しだけ言葉を交わした。


「エミーリア様、先ほどの、出資のお話――随分と、詳しくいらっしゃいましたね」


「ええ。普通の令息が、そこまで踏み込んで知っているものでしょうか」


「私には、分かりかねますが……確かに、少し、引っかかりました。それに、その話をされている時だけ、いつもの微笑みが、ほんの少し、硬く見えた気がして」


アンネリーゼ様も、同じ違和感を覚えていたらしい。一人だけの思い込みではなかったのだと分かり、少し心強かった。


帰りの馬車の中で、私は懐から、あの候補者の名簿を取り出し、カール様の名前の下に、小さく書き加えた。


「本心を、あえて見せない人。美容術師組合に、何らかの形で関わっている様子」


そして、もう一つ。イルゼヴィーネ様が望んでいたのは、「物怖じせず接せられる人」だった。確かに、カール様は、誰に対しても物怖じすることなく、堂々と接している。その一点だけを見れば、条件には合っているのかもしれない。


それでも――物怖じしない、ということと、本音でぶつかっていく、ということは、似ているようで、全く違う。カール様の物怖じしなさは、誰に対しても態度を変えない、という一種の距離の置き方であって、相手の懐に踏み込んでいく強さとは、質が異なるように思えた。


書きながら、ふと考える。あの完璧すぎる相槌の間合いも、もしかしたら、商談の場で身につけたものなのかもしれない。誰に対しても、同じ距離感で、同じように心地よく接する――それは、人付き合いというより、商売の作法に近いのではないだろうか。


イルゼヴィーネ様に、この方を推すのは、難しいかもしれない。人柄の面でも、そして、美容術師組合との繋がりという、まだ正体の見えない懸念の面でも。


窓の外を流れる街並みを眺めながら、私は小さく息をついた。残る二人についても、早く手がかりを見つけなければならない。やるべきことは、まだまだ山積みだった。

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