前例のない提案
三人の候補者について、少しずつ調べを進める一方で、私の頭の中では、ずっと引っかかっていることがあった。
――ヴィルヘルム様のことだ。
「大勢の中の方が、気楽」というあの一言から、もう随分と日が経ってしまっている。良い策を思いつかないまま、気づけば、イルゼヴィーネ様の件にかかりきりになっていた。
その夜、自室の机に向かいながら、私はふと、前世の記憶を辿った。マッチングアプリのことを思い出したせいか、芋づる式に、若い頃の記憶まで、次々と蘇ってくる。社会人になって数年、ダイエットはいつも三日坊主だったくせに、こういう場に顔を出すことだけは、案外苦にならなかった。合コン、飲み会、友人の誕生日会。一対一では言葉に詰まってしまう人でも、大勢の中でなら、気持ちが楽になる、という人を、何人か見てきた覚えがある。
一対一の見合いという、改まった形式そのものが、ヴィルヘルム様にとっての壁になっているのだとしたら――形式を変えてしまえば、案外うまくいくのではないだろうか。
例えば、複数人が、気軽に顔を合わせられるような、前世でいう合コンのような場。一対一で注目される緊張感がなく、誰かが話に詰まっても、他の誰かが自然に会話を繋いでくれる。
考えれば考えるほど、悪くない案のように思えてきた。
ただ、この国の社交には、そうした形式の前例がない。お茶会も夜会も、基本的には同性同士、あるいは家格を揃えた場での集まりが主で、男女が入り混じって気軽に語らう、というような催しは、聞いたことがなかった。
それでも――前例がないからといって、試す価値がないとは限らない。
まずは、ヴィルヘルム様ご本人に、この案をどう思うか、伺ってみるべきだろう。
そう決めて、私は便箋を取り出した。けれど、いざ書こうとすると、思いのほか筆が進まない。
「一対一が苦手なようですので」と、あまりに率直に書けば、傷つけてしまうかもしれない。かといって、遠回しに書きすぎれば、意図が伝わらない。何度か書いては消し、また書き直すうちに、灯りの油が、随分と少なくなっていた。
「先日はお時間をいただき、ありがとうございました。その後、色々と考えを巡らせておりまして、一つ、ご提案がございます」
書き出しの後、少し悩みながら、続きを綴っていく。
「一対一の見合いという形式そのものが、ヴィルヘルム様には、やや窮屈なのではないかと感じております。もしよろしければ、もう少し人数の多い、気軽な集まりの場を設けてみるのは、いかがでしょうか」
大それた提案だという自覚はあった。それでも、書かずにはいられなかった。
返事が届くまでの数日間、私は落ち着かない気持ちで過ごした。夕食の席でも、つい上の空になっていたのか、グレーテ姉様に「また、何か考えごと?」と聞かれ、曖昧に誤魔化してしまった。それでも、姉は詮索することなく、「困ったことがあれば、いつでも言ってね」とだけ、静かに付け加えた。その気遣いに、少しだけ救われる思いがした。突飛すぎると、呆れられてしまうだろうか。
数日後、届いた返事には、こう記されていた。
「ご提案、拝読いたしました。正直に申し上げますと、驚きました。それでも――確かに、大勢の中にいる時の方が、気楽に感じることが多いのは、その通りかもしれません」
「ただ、こうした形式自体、前例がなく、私一人では、どう進めればよいのか、正直、見当がつきません」
すぐには決めかねる、という慎重さが滲んでいた。それでも、頭ごなしに拒まれるよりは、ずっと前向きな反応だった。
手紙は、思いがけない一文で締めくくられていた。
「余談ですが、この話を母にしたところ、大変面白がっておりまして。『そういうことは、早く言いなさい』と、すでに乗り気になっております。もしよろしければ、一度、母も交えて、お話を伺いたく存じます」
思わず、頬が緩んだ。もしかして、ヴィルヘルム様の母君は、物怖じしない、行動力のある方なのかもしれない。人付き合いを苦手とする息子とは、少し違う気質のようだった。
もちろん、私にも、明確な答えがあるわけではない。参加者は何人くらいが適当なのか、場所はどこにするべきか、どんな口実で人を集めるのか――考えるべきことは、山積みだった。
前世の記憶を頼りに、少しずつ、頭の中を整理してみる。あまり大人数すぎると、かえって収拾がつかなくなる。かといって、少なすぎては、一対一の見合いと大差ない。四、五人程度が、ちょうどいい塩梅だろうか。
場所も、堅苦しい応接間より、庭園でのお茶会のような、もう少し砕けた雰囲気の方がいいかもしれない。何かしら、共通の話題になる催し――例えば、園遊会のような形式を借りれば、不自然にはならないはずだ。
考えを紙に書き留めながら、私は密かに、胸の高鳴りを感じていた。これまでの相談は、あくまで既存の枠組みの中で、助言を重ねるものばかりだった。今回は、それとは違う。前例のない形式そのものを、一から作り上げることになる。
それに――誰かに任せきりにはできない。そういえば、前世でも、大学時代のクラスメイトに頼まれて、似たような場の幹事を任されたことがあった。人数の集め方、当日の進行、気まずい沈黙が流れた時の立て直し方――あの時の経験が、意外なところで役に立ちそうだった。
進行を見守り、必要なら助け船を出せるよう、当日は自分も、幹事として、その場に立ち会うべきだろう。
それでも、案の種は蒔けた。あとは、これを、どう形にしていくかだ。
すでに動いているイルゼヴィーネ様の件に加えて、今度はヴィルヘルム様の件も、本格的に動き出そうとしている。やるべきことは、また一つ増えた。それでも, 不思議と、心は前向きだった。




