デジャブ
名簿を受け取った夜、私は自室の机に向かいながら、三つの名前を眺めていた。
家柄や資産といった条件は、この紙一枚で十分に分かる。それでも、"人柄"となると、話は別だ。
まずは、一番親しくしている、アンネリーゼ様とマリーカ様に、それぞれ尋ねてみることにした。
翌日、私はアンネリーゼ様に、お茶に誘う手紙を書いた。「少し、お伺いしたいことがございます」と、正直に用件を添えて。同じ日、マリーカ様にも、様子を尋ねる手紙を書いた。
数日後、アンネリーゼ様から、日取りの提案が届いた。
約束の日、私たちは庭園の東屋で顔を合わせた。ひとしきり挨拶を交わしたあと、私は早速、本題を切り出した。
「先日の手紙でお伝えした通りなのですが……エーベルシュタイン侯爵家のカール様について、何かご存知でしたら、伺えますでしょうか」
「カール様ですか」
アンネリーゼ様は、少し考えるように、紅茶に視線を落とした。
「以前、大きな夜会でお見かけしたことがあります。年配の方には、若い頃の武勇伝を面白おかしく引き出して差し上げて。若い令嬢には、最近流行りの詩集の話を、それぞれに合わせて、実に淀みなくお話しになっていて」
「それは、社交にお上手な方、ということでしょうか」
「ええ、そうなのでしょうね。……でも、正直に申し上げると、傍から見ていて、少し居心地の悪さを感じました。どなたに対しても、感じ良く接していらっしゃるのに――不思議と、誰か一人に、興味を持っていらっしゃる様子が、見えてこなくて」
その言葉に、私は思わず、デジャブにも似た感覚を覚えた。
――あれ、これ、前世で会った、あの人に似ている。
前世で、マッチングアプリを通じて、一度だけ会った男性のことを思い出す。プロフィールに並ぶ条件は、非の打ちどころがなかった。実際に会ってみても、終始、感じの良い対応をしてくれた。何を話しても、綺麗に相槌を打ち、こちらの話を否定することもない。
それなのに、会話を重ねるほど、奇妙な物足りなさが募っていった。何を言っても、当たり障りのない返事しか返ってこない。まるで、対話をしているのではなく、よくできた壁打ちの相手をしているような、そんな感覚だった。
もちろん、カール様が、本当にあの人と同じかどうかは、まだ分からない。それでも、"誰にでも感じ良く接すること"の裏に、こちらへの関心の薄さが隠れていることもある、という、あの時の学びは、今も鮮明に残っていた。
「アンネリーゼ様の中で、カール様について、他に何か、印象に残っていることはございますか」
アンネリーゼ様は、しばらく記憶を辿るように、視線を宙に泳がせた。
「……そう言われると、これといって、思い出せません。ただ、終始、感じの良い方だった、という以外には」
やはり、と思う。まだ確信には至らない。それでも、実際に覚えのある感覚だからこそ、ただの憶測以上の、確かな引っかかりがあった。
「私も、詳しいことは分かりませんが……もし気になるようでしたら、共通の知人を通じて、お茶の席を設けることもできるかもしれません」
アンネリーゼ様のその申し出に、私は驚いて顔を上げた。
「そこまでしていただくのは、申し訳ないような……」
「エミーリア様には、いつもお世話になっていますから。それに――正直に申し上げると、私も少し、気になってしまって」
悪戯っぽく微笑むアンネリーゼ様に、私は思わず頬が緩んだ。それでも、内心では、少しだけ後ろめたさもあった。なぜこんなことを尋ねているのか、彼女には、まだ何も説明していない。
「では、お言葉に甘えても、よろしいでしょうか」
「ええ、もちろん。近いうちに、日取りを調整してみます」
家に戻ると、マリーカ様からも返事が届いていた。文面には、いつもの通り、丁寧な字で、二人分の話が綴られていた。
「隣国の方でしたら、我が家に長く仕えている、年配の侍女が詳しいかもしれません。以前、その国のお屋敷で働いていたことがあるそうで。今度、都合を聞いて、話ができるように、取り計らってみます」
思いがけない伝手だった。公爵家の伝手をもってしても、隣国の内情までは、そう易々とは分からないだろう。まさに、身近な人脈だからこそ辿り着ける、細い糸だった。
もう一人、王族に仕える高位の文官については、マリーカ様の叔母君が、王宮に長く仕えていると聞いていた。同じ手紙の中で、「物静かで、あまり自分から前に出ないが、仕事ぶりは堅実だと、皆から一目置かれている」との話も添えられていた。
「叔母によると、周りの評判はいつも穏やかなのだけれど、ご本人の本心までは、あまり読み取れたことがない、とも申しておりました」
穏やかで、それでいて、本心が読み取りにくい。カール様とは、また違う種類の、掴みどころのなさを感じさせる話だった。
どちらも、まだ断片的な情報に過ぎない。それでも、少しずつ、輪郭が見え始めていた。
夜、自室の机に向かい、私は三人分の情報を、あらためて紙に書き出してみた。家柄、評判、そして、まだ断片的な印象。
カール様のことは、自分の実感を頼りに。残る二人のことは、これから聞ける話を頼りに。少しずつ、埋めていくしかない。
紙に書き出した三つの名前を、私はしばらく見つめていた。
一度、直接会って、確かめてみたい。カール様のことも、他のお二人のことも。
窓の外は、いつの間にか、すっかり暗くなっていた。




