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人気YouTuberになろう!(その4)

 和志が旅館のロビーに足を踏み入れると、ほこりがふわりと舞った。

 夕日が窓から差し込んでいるとはいえ、中は薄暗く視界は悪い。

 見えるのは精々フロントまでで、客間へと続く通路の先は暗くて見えない。

 客室へと続く長廊下には外の光を取り入れるための窓が備え付けられていた。

 だが、ツタに全面覆われているため日差しが遮られ、暗闇で閉ざされている。


 室内の空気はよどんでいて、カビ臭い。

 客が途絶えて久しい廃旅館である以上、よどんでいて当然ではあるわけだが。

 カバンから持ってきていた懐中電灯を取り出し、明かりを付ける。

 青白いLEDの明かりが和志の目の前をわずかに照らした。

 思ったより光が弱い。持ってくる前にきちんと動作確認しておけばよかったと心の中で悪態をつく。

 ライトで足元を照らしながら、客間へと続く通路の先を進む。

 と、突如ぶっとい足がライトに照らされ現れた。


「うわっ」


 不意に視界に現れた丸太のような足を見て、和志が短い声を上げる。

 ライトを徐々に上へと向けていくと、広い背中と山のように僧帽筋の膨れ上がった肩、そして針金のようにぶっとい髪質の見慣れた正悟の後ろ姿が見えた。


「何だ正悟いたのか、びっくりさせるなよな」


 ゲシ、と軽くふくらはぎを蹴る。

 しっかりと地面に根を張った木の幹を蹴った時のような、硬い感触があった。

 ゆっくりと振り向く正悟を、和志がたしなめる。


「あのな、勝手に入るなって。もし人がいたらどうすんだよ。浮浪者や表に歩けないような輩が住んでるかもしれないし、旅館は潰れてても所有者が普通に自宅として使ってるかもしれ……」


 最後まで言えず、和志は振り向いた正悟により手で口をふさがれた。


「静かにしろ和志。奥から声が聞こえる」


 しー、と太いマジックペンのような指を正悟が口元に立てる。

 疑いのまなざしを向ける和志だったが、


「た……た……」


 奥から確かに人の声のようなものが聞こえてきて、目を見張った。

 ゆっくり正悟と目を合わす。

 ネコ科の大型猛獣のように喉を低く鳴らし、正悟が太く笑う。


「クックック、早速大当たりか。さーてどんな亡霊が待ち受けているかな。リングの貞子や呪怨の伽椰子のようなコラボ映えする女の霊だと良いんだが。とりあえず亡霊女共には肌色多めな服を着させてピアノを弾かせよう。そこでスパチャを募れば一夜にしてYouTuberとして成り上がれるぞ」


 滅茶苦茶な提案をし始める正悟を、和志がたしなめる。


「常識的判断として、旅館の所有者がいれば逃げるべきで、危険人物がいるなら逃げるべきで、ガチで超常存在がいるなら逃げるべきだろ。何をどうトチ狂ったら幽霊に肌色多めな服着せて、コラボ配信してスパチャで稼ごうって発想になるんだよ。貞子も昭和のゴツいビデオデッキを手に持って、助走つけて殴りかかって来るわ」


「逃げるだと? タマ落としたか、臆病マラめ。幽霊への直撃取材は主人公たるこの俺がやってやるから、背も無ければ度胸も無いお前は、俺の背中にコソコソ隠れてスマホでライブ配信でもしていろ」


 この野郎、放置して帰ってやろうか。

 正悟の遠慮や配慮のカケラも無い物言いに、和志がふとそんな事を考えるも、思い直す。

 つい先ほどもお地蔵さまに放尿していたように、どうせコイツは遠からず何かしらやらかす。

 この際だから弱みになる動画か画像でもとっておいてやれば、今後アホな真似をしでかそうとした時に、コイツを止める交渉材料として使えるかもしれない。

 そう考えた和志が、負けたとばかりに手を上げて賛同を示す。


「OK。玉を落とした臆病マラで背も無ければ度胸も無い僕は、正悟の背に隠れてコソコソ動画を撮ってるよ」


「うむ。自覚があるのは良い事だ。その素直さだけは称賛に値する」


 姉から盗んだスマホを和志に手渡し、正悟が真顔でうなずく。

 コイツ今すぐ目の前で死んでくれないかな、と思いながら和志がスマホを受け取った。

 微かに声の聞こえる方へ、和志がライトを照らしながら二人並んで進む。


「そういや正悟、ライトは?」


「持ってきてない。というかこれだけ明るければそもそも必要無いだろうが」


 日は傾き、窓はツタで覆われ日差しを遮っている。

 そんな旅館の廊下は当たり前の話だが真っ暗であり、懐中電灯の明かりが無ければ普通の人間は何も見えるわけがない。

 ただの強がりだと思った和志だったが、


「声はあの階段の先からしているな」


 正悟が指差す暗闇へとライトを照らすと、確かに階段が続いていた。

 

「……フクロウかお前は」


 野生動物じみた視力の正悟に呆れながら、和志がつぶやく。

 軋む板張りの階段を上がり、二階の客室を並んで進む。


「た……す……た……す……て……」


 遠くに一部屋だけ、ドアの縁から不思議と光が零れている部屋が見えた。

 声のする方と一致している。

 扉の縁から白くわずかに零れる明かりは、どう見ても夕日によるものではない。

 和志が部屋の中に人がいる事を警戒して、用心の為に気付かれないよう懐中電灯を消した。

 

「あそこだね正悟。なんで明かりが漏れてるのか分からないけど。今から撮影しとくから、ゆっくり扉に近づいて音をたてないように扉を開けて……」


「行くぞ和志! コラボ配信のお時間だ! 主人公たる俺の勇姿、撮り逃すなよ!」


 そう言うと正悟が床を踏み破らんばかりに派手な足音を立てて廊下を突っ走る。


「あ、待てバカ!」


 正悟がドアノブを掴んで扉をこじ開ける。

 鍵がかかっていたのか、開く際にバキャっという音が響いた。

 何の躊躇も無く明かりの漏れていた客室へと飛び込んだ正悟に続いて、和志も足を踏み入れる。

 室内は和室で、変色した畳に破れたふすまが天井に吊るされた照明に照らされていた。

 部屋の中央には布団が敷かれており、絡み合う男女の姿があった。


「ああー! たっくん凄い、たっくん凄い! もっと突いてぇぇぇ!」


 嬌声を上げる化粧の濃い女と、腰を振る金髪の男の姿が視界一杯に飛び込んできた。


「うえ、なんつー答え合わせ……」


 ドン引きした和志が頬を引き攣らせた。




人気YouTuberになろう!(その4)……END

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