人気YouTuberになろう!(その3)
ペンキが剥がれ、錆びて赤茶けた門をよじ登り、二人は旅館の敷地内に足を踏み入れた。
門の先は駐車場となっており、ひび割れたアスファルトの隙間から、猫じゃらしを始めとするイネ科の雑草が顔を覗かせていた。
当然ながら一台も止まっていない駐車場には、端の方にお供物の何も無いお地蔵様が寂しく立っていた。
本来赤かっただろう前掛けは長い時間日に灼かれ、雨風に晒されて白く色褪せてしまっている。
カバンから2ℓのミネラルウォーターを取り出し一口飲んで、和志が視線を駐車場の奥に向ける。
視線の先には蔦に覆われた宿の本館があった。
それほど大きくは無い。
3階建ての客室は20部屋あるか無いかと言った所だろう。
隣でリュックを背負い仁王立ちをしていた正悟が、感慨深げに口を開いた。
「ふ、長く困難な旅の果てに、とうとう目的の場所に着いたな。思い返せば辛く苦しい道のりだった……」
「何が長く困難な旅だよ。バスで5つ先の停留所まで乗って、降りて10分ちょい歩いただけのご近所さんぽだろが。毎日通ってる学校まで電車で通学する方がまだ距離あるぞ」
ミネラルウォーターをかばんに入れ直した和志が、大仰な正悟の物言いを否定する。
が、建物の三分の一ほどが緑に覆われた廃旅館を見てひとり頷いた。
「まあ確かに、バスで20分程度の場所にこんな廃墟があるとは思わなかったけどさ」
地元の市内にこんな辺鄙な場所があったとは、16年間この土地に住んでいた和志だったが露と知らなかった。
リュックを背負っていて凝ったのだろうか、自撮り棒で自分の肩を叩いていた正悟が旅館を眺めながらつぶやく。
「うむ。正に俺がYouTuberとしてのし上がっていくために、あつらえたような場所だ。建物の中は幽霊亡霊怨霊悪霊盛り沢山で怪奇現象のオンパレードな事だろう。死体のポロリもあるかもな。あると良いな。誰か死んでてくれないかな」
ふと何か思いついたように、正悟が和志に向き直る。
「そうだ和志。一つ折り入って頼みがあるんだが、お前ここで死……」
「断る」
提案を全て言い終える前に、即否定された正悟が忌々し気に舌打ちをした。
「わがままな奴め。お笑い芸人が芸事に命を懸けて笑いを取りに行くように、お前も物語を盛り上げるモブとして首でも吊って悪霊となり、怪奇現象の一つでも起こして見せ場を作ろうという気概は無いのか」
当然のように友人の死を願う正悟に対し、和志が中指を立てた。
「あってたまるか。そういうお前こそ主人公として物語を盛り上げるために、自分で尻に爆竹挿れて火をつけて、昔の大人気週刊少年漫画にあやかって汚い花火になって死んでろよ」
「モブの分際で口の減らない奴め。今俺達がどれほど危機的状況下にあると思っているのだ」
「危機って、特に危機らしい危機なんてまだ何も無いだろ。バスから降りてちょっと歩いただけだし。旅館の中で何か怪奇現象に出くわしたわけでも無いってのに」
「それがマズいのだ!」
声を荒げた正悟が、コホンと咳払いをして聞き分けの無い子供に言い聞かせるように話し始めた。
「いいか和志よ。今の視聴者読者は実に気が短い。アニメでも映画でも動画でも、大体10分、下手すれば5分以内に目を惹く展開が無ければ見るのを辞める。ハリウッド映画で綺麗どころの女優が事あるごとに肌をはだけ、銃撃戦を行い、モブが死ぬ意味を考えろ。あれらは全て、飽きっぽい視聴者達をどうにかして作品に引き留めようと行っている涙ぐましい努力なのだぞ。映画のワイルドスピードシリーズ等も、大体開始5分で女優の胸と尻がアップで映り、10分以内にカーチェイスが始まり、30分で車が5台は爆発四散し、ド派手な爆炎がドウェイン・ジョンソンとジェイソン・ステイサムとヴィン・ディーゼルのハゲた頭を明るく照らしている」
「それと僕らと一体何の関係があるのさ」
またわけのわからない事を言い出した、とばかりに和志がため息をつく。
そんな聞く気の感じられない様子の和志を見て、正悟が声高に吠えた。
「鈍い奴め! そろそろ死人の一人でも出るような派手な見せ場が無ければ、視聴者読者が愛想をつかせて我々の作品を見るのを辞めてしまうと言っているのだ!」
「相変わらず訳の分からない事を言うね。そもそも『この世界は漫画か何かの作り物』だなんて正悟の妄想が本当だったとして、それは僕らが気にする事か? 映画でもドラマでもアニメでも、基本は見せ場だけを切り取って編集された物を放映するもんだろ。特に見どころの無い移動シーンや無駄話の場面をそのまま垂れ流すなんて真似、よほどアホで無能なスタッフが制作を手掛けてるんじゃ無ければやらないと思うけど」
和志の言葉を受け、正悟が考え込む。
「む、確かにそうかもしれん。流石だな和志。主人公たる相方なだけはある。実に冷静な意見だ。だがまぁ、念には念を入れておこう」
意外な事にすんなりと和志の意見を受け入れた正悟は、そう言うと駐車場の隅に佇むお地蔵さまの元へと近づく。
そしておもむろにズボンを下ろし、勢いよく放尿した。
じょぼばばばびちびちびち、と汚らしい水音を立てて、大量の小便が放物線を描きお地蔵さまの頭にかけられる。
ふぅー、と膀胱を空にして一息ついた正悟だったが、突然股間を抑えて倒れ伏した。
背後には、股間を蹴り上げ片足を上げたままの和志の姿があった。
「いきなり奇行に走るな。どこの迷惑系外国人You Tuberだお前」
正悟の作った黄色い水たまり……というか尿だまりを避けて、和志が鼻をつまみながらお地蔵さまの隣へと歩み寄る。
一口飲んだだけでかばんに仕舞っていたミネラルウォーターを取り出し、お地蔵さまの頭からかけて可能な限り小便を洗い清める。
そして、お地蔵様の横顔に手を合わせた。
真正面に立たないのは、正悟の小便を踏むのを避けるためだ。
割と本気で正悟への天誅と天罰と仏罰と、とにかく何でもいいので不幸が降りかかるよう長めに願い、和志が目を開く。
「で、どうすんだよ正悟。中を探索するにしても、とりあえずこの旅館が本当に廃墟で人が住んでいないのか、まずは外をぐるっと回って調べるべきかと思うんだけど……」
と、振り向くが、先ほどまで倒れ伏していた正悟の姿はもう無かった。
周囲を見渡すと、先ほどまで閉まっていたはずの旅館の玄関口が、まるで獲物を飲み込む怪物の口のように開いているのが見えた。
「えー、マジかよアイツ」
人気YouTuberになろう!(その3)……END




