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人気YouTuberになろう!(その2)

 カラスが黒い翼を広げ、影絵のようなシルエットを空に残し飛んでいる。

 所々舗装の剥がれた歩道には、二つの影が伸びていた。

 日の沈み始めた夕暮れ時。建物の少ないひなびた田舎道を正悟と和志の二人は歩いていた。

 見えるのはまばらな民家と、綺麗に盛り土のされた畑が周囲には広がるばかりで、周囲に人の姿は見えない。

 何か聞こえるとすれば、遠くで響く改造バイクか車からの物らしき排気音程度だろうか。

 目の前の道路を走る車も、十分に一台あるかどうかだ。

 実に物静かな田舎の一風景である。


「我々は今、呪われた旅館へ、一歩、また一歩と足を着実に進めているのであった!」


 デカい体に相応なデカい声を張り上げている、和志の隣を歩くこの男がいなければ。


「妻は殺され、子供は自殺し、一人残った夫も何処ともなく姿を消した! 家族の運営していた旅館は誰もいなくなり潰れて寂れ、廃墟と化した! しかし、誰もいないはずの旅館からは、夜な夜なすすり泣く声や誰かと言い争う声が今も聞こえ。近隣の住民は震える夜を過ごしているという!」


 大げさに額に手を当て、正悟が悲しみにそっと目を伏せる。

 もちろん演技だろう。

 この男に、悲しんだり喜んだりといった人間らしい感情が備わっているとは、物心つく前から幼馴染として不幸にも関わり続ける事になって来た和志には、到底思えなかった。

 進化系統図をたどれば、コイツは猿では無くフナムシやゴキブリなんかに行きつくだろうと、和志は半ば本気で考えている。


「今回、我々勇気ある二人が、近隣住人の不安を取り除くため、悪霊のいるであろう配慮間の内部に潜入し、お清めをして霊を鎮めてまいります! 果たして我々は、無事に任務をこなすことが出来るのか!? 祟られるのか、はたまた呪われるのか! 画面の向こうのアナタ、どうか我々の行く末を見届けて頂きたい!」


 和志の腕を掴んで引き寄せ、録画しているスマホに一緒に映し込む。

 当然のことながら、和志が向けられたスマホから顔を手で隠して抗議の声を上げた。


「おいこら正悟、僕を映すな。これ、あくまでお前ひとりの企画で僕はただの裏方で同行者に過ぎないんだからな。恥かくのも醜態晒すのも、ムサっ苦しい見苦しいツラをネットに公開するのも自分一人だけでやってくれ」


 自撮り棒を手に隣で興奮気味に喋っていた正悟が、スマホの録画を止めて和志を見降ろす。


「なんだ和志。お前はネットに自分の素顔を晒す勇気も無い玉無しなのか」


 ふーやれやれと、心底あきれ果てたように正悟がぶっとい首を横に振る。


「多少顔整いな以外、特にこれといった取り柄の無いモブのお前が、モブ根性故に冴えない自分の姿をネットに挙げるのを怯える気持ちはわかる」


 正悟が野球で使うミットのようなデカい手を、和志の肩に置く。


「だがな、いつまでもそんな調子で何事にも挑戦せず、当事者として主体的に動く事無く、ヘラヘラ冷笑しながら賢い傍観者を気取り続けていても、何も出来ないまま人生を終える事になるぞ。和志よ、モブの習性なのだろうが、お前は主人公たる俺の相方なのだ。もう少し己の行動を見直せ」


「あのな正悟。普通に考えて無許可で人を映して回るなんて真似、マトモな配信者はやらないだろ。人に見せる物を作るなら、その辺のルールは守れっての」


 と、肩に置かれた手を振り払った和志が、そこまで言った所でふと気づく。


「ねえ正悟。そのスマホ、誰の?」


 自撮り棒の先についているスマホの端には、流行りのマスコットキャラクターのストラップが揺れていた。


「そのストラップ、正悟が前に散々馬鹿にしてた『かわちい』の栗まんぜうじゃん。確実にお前のスマホじゃないだろ。なんで自分の使わないの? てか誰のそれ」


 正悟が、なんだそんな事か、と鼻を鳴らす。


「これはな。残念なことに俺と血のつながりのある、人を殴る事と投げ飛ばす事以外に何の取り柄も無い、姉というメスゴリラの物だ。あんな粗暴な女とこの俺が同じ家族とは、やはりこの世界はフィクションだな。肉体的にも人格的にも、遺伝子の距離が遠すぎる」


「いやどう見てもフィジカル的には似た物姉弟だろ。てかメスゴリラって、正悟のお姉さんどっちかというと美人の範疇に入るだろが」


 実の姉への称賛の言葉を聞いた正悟が、あからさまに不機嫌そうに舌打ちした。


「和志よ、おどろいたぞ。まさかお前に獣姦の趣味があったとはな。ナショナルジオグラフィックの類人猿特集がお前のオキニのズリネタか?」


「なわけないだろ。てかなんでお姉さんのスマホ使ってるのさ。自分の使えばいいだろ」


 和志が至極真っ当な意見を正悟に突きつける。


「いや、俺のスマホは理解の無い姉の手により没収された。『アンタに持たせといてもどうせロクな使い方しないでしょ。これ以上家族に迷惑かけるな』とか何とか言ってな。本来ならこのような人権侵害、父や母が止めるべきなのだろうが、両親揃って姉に味方してな。『何をしでかすか分からないから、反省の色が見られるまではスマホ没収』と一方的に家族から告げられ、俺は人権と共にスマホをはく奪されたのだ」


 スマホを取り上げられた時の事を思い出したのか、拳を握り締め正悟が悔しげに唇を噛む。


「うん、まあ妥当な判断だね」


 正悟のこれまでの奇行の数々を思い浮かべ、和志がうなずく。

 そこに同情の色はかけらも見えない。


「で、スマホが無いからお姉さんのスマホをパクって使ってるのか。最悪だなお前。てかよくロック外せたね」


「ふふふ。あの暴力姉はいずれこのような愚行に走るだろうと想定し、日頃からコツコツナンバーロックの解除を試していたのだ。奴はカバーガラスにひびが入っても気にせず使い続けるガサツ女だからな。いつも押す数字の位置に跡がついている。試す回数もそれほど多くは必要無かったな」


「うーんゲスい」


「ちなみに言うと、スマホだけでなく動画のUP先も腐れ姉のチャンネルだ。あのメスゴリラ、何を勘違いしたのかカフェでのコーヒーとスイーツレビューなんて需要皆無なクソ動画を定期的に配信しているからな。登録者数は100人程度。まあ全員股に穴が開いている奴が出てさえすれば、どんなゴミ動画でも24時間よだれを垂らして見続ける、画面越しでしかメスに縁のない脳を性器に乗っ取られた弱オス共だろうが」


 姉のチャンネル登録者を滅茶苦茶に正悟がコキ下す。

 親しいが故の軽口といった物ではなく、本当に嫌っているようだった。


「じゃあ、そんな弱小チャンネルで配信しても意味なんて無いんじゃないか? ましてや他人のアカウントでなんて」


 和志の疑問を、正悟が大きな手を突き出して遮った。


「いや、あるとも。奴らはメスゴリラが人間の振りをしてコーヒーを飲んで菓子を貪り喰らう様を眺め続けて満足するような、知能の低い視聴者たちだ。そのような連中は、本物のエンタメに触れていない。そんなエンタメ童貞な連中に、この俺が真のエンタメ動画を見せてやれば奴のチャンネル登録者を根こそぎ奪うことが出来る」


「いうて、正悟が今撮ろうとしてる動画って、夏あたりに佃煮に出来るくらいテレビやyou tuber達から擦られてる心霊スポットネタだろ? 真のエンタメなんて御大層なもんじゃないだろ。何番煎じだよ。もう煎じた所で色も着かない位の出がらしネタじゃん」


 確かに和志の指摘の通り、心霊番組や心霊動画など山ほど世に出回っている。

 今更そんな物を撮ったところで、目新しさも何も無いだろう。


「バカめ。俺の撮るのは幼稚で子供だましな心霊動画ではない。本物の幽霊を捉えた人類科学史的にも意義のある動画なのだ」


「え、正悟って本気で霊の存在信じてる、頭の中身がハッピーセットなクチなの?」


 良い年してサンタクロースを信じている輩をからかうように、和志がおどけた口調で正悟を茶化す。


「それはさておき正悟。実物の霊を撮るなんて、霊が実在していたとしても確率的にまず無理だろ。ガチで遭遇したって人の数、多分年末ジャンボ宝くじの当選者数以下だぞ」


 改めて現実的な問題点を指摘する和志だったが、正悟は短く言い切った。


「出会えるさ」


「根拠は?」


「この世界はフィクションで、俺が主人公だからだ」


 ああそうだ。

 こいつどうかしてるんだった。

 和志が今更ながら幼馴染のイカれっぷりを再認識する。


「この世の怪奇現象は、お前の存在で打ち止めだと思うけどね」


 減らず口を叩く和志を無視して、歩いていた正悟が指を差す。


「見えたぞ、あそこだ」


 指の先には、草木に覆われた見るからな廃墟然とした旅館の姿があった。



人気YouTuberになろう!(その2)……END

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