人気YouTuberになろう!(その5)
「な、なんだぁお前ら!?」
「ぎゃああああ! な、なに、アンタ達!」
ケンタウロスのような体勢で愛を交わしていた二人の男女が、突然の乱入してきた正悟と和志の姿を見て悲鳴と怒声を上げた。
男の方は身長180㎝程度はある。
あわててパンツを履く姿は滑稽だが、ガタイ自体はかなり良い。
肉体労働を生業にでもしているのか、露出している肩や二の腕には筋肉の隆起が見て取れた。
年齢は、30には届かない程度か。
頭は金髪に染めており、ハイフェードに刈り上げている。
男と同じくあわてて脱ぎ捨てていた服を拾う女は、対照的に身長が低かった。
拾った服をバスタオルのように手で押さえて身体の前面を隠している女は、日本人女性の平均身長である157㎝より一回りは小さい。
服と腕で隠している胸元は豊かであったが、同じように腹もそれなりに豊かだった。
良く言えば肉付きが良い。悪く言えば小太りだ。
上半分を金に、下半分を緑に染めたレイヤーボブの髪型と相まって、毒キノコのようなケバケバしさだった。
濃いメイクのためはっきりとした年齢はわからないが、男より年上という事は無いだろう。
廃墟の旅館の、シミやほつれだらけの布団から飛び起きた二人を眺めて、和志が顔をしかめる。
「うえぇ。こんな汚ったない廃墟の布団でなんて、よく出来るな。ダニやらトコジラミやらに全身咬まれて湿疹だらけになるとか、少しは考えたりしないのかなぁ。まあ考える頭が無いからこんな所でまぐわってるんだろうけどさ」
嫌悪感を滲ませる和志を、正悟がすかさず罵倒する。
「軟弱者め。野生のカバは糞尿にまみれた下水同然の川の中でも気にせず乳繰り合うのだぞ。部屋に多少虫がいる程度で交尾の一つも出来なくなるなど、オスとして欠陥品にも程がある。ここがサバンナなら、お前は誰とも繁殖できず末代となって断絶するぞ。それでも良いのか?」
「じゃあ混ざって来れば? 僕は現代の文明人として末代になって断絶する道を選ぶから、正悟は野生の類人猿として繁殖して次世代に命を繋いできなよ。しっかり録画しといてあげるから」
どーぞどーぞと、まだあたふたとしている二人のいる方向に手を向ける。
「ふざけるな。何が悲しくて主人公たるこの俺が、あんなロイコクロリディウムのようなどギツいメイクをした、画面映えしない女を抱かなければならないのだ。リュックベッソン監督の映画トランスポーターシリーズを撮っているのではないのだぞ」
壁に背中を預け、こちらを警戒しながら服を手に持ち睨みつけている女を、正悟が親指で差した。
正悟の物言いに、頭を掻きながら和志が反論する。
「リュックベッソン監督とトランスポーターシリーズのヒロインの皆さんに謝れ。あれは役に合わせてあえてそういうメイクと撮り方してんだよ。2のアンバー・ヴァレッタさんはモデルの仕事で撮った写真見るとバチバチに美人だし、1のスー・チーさんだって国際基準じゃど真ん中のアジアンビューティーだからな」
「3のヒロインについては語るのをあからさまに避けたな」
「そりゃ3のヒロインはタルコニ警部のおやっさんだもの」
軽口を叩き合う二人にドスの利いた声が投げかけられる。
「おいてめぇら、どこの者だ? 何の用で来やがった」
声の主は、着替え終えた男であった。
デニムのパンツに素肌の上から派手な柄シャツを羽織った男が、眉を怒らせて凄む。
日頃から荒事に慣れているのだろう。実に堂に入ったメンチの切り具合だ。
一般人なら震えあがる事だろう。
だが和志は受付嬢さながらな、感情の見えない柔和な笑顔で男に応対した。
「廃墟巡りで偶然来ただけの、その辺の高校生です。お邪魔しましたさようなら。ほら行くよ正悟」
ペコリと頭を下げてその場を立ち去ろうとする和志を、男が引き留める。
「待てよガキ。人のSEX覗いておいて、タダで帰れると思ってんじゃねえ」
ゴキリと鳴らした拳には、大きな拳ダコが見えた。格闘技をやっているのか実戦慣れしているのか、それとも両方か。どの道荒事に慣れているだろう事は明白だ。
「うーわメンドくさ。正悟、だから前もって人がいるか調べようって僕言ったんだよ」
眉をひそめて和志が後ずさる。
「いや和志よ、この小便色した頭のおっさんの言う通り待つべきだ」
腕を組んだままの正悟は、意外にも男の言う事に同意した。
「はあ? なんでだよ」
「バカめ。こうして幽霊が目の前に出てくれているんだぞ。撮れ高抜群のシャッターチャンスをむざむざ逃す奴があるか」
どうも正悟の中では、二人は幽霊の位置づけにあったらしい。
「いやこの人達、こんな見た目と行動だけど人間かチンパンジーのどっちかで、実在する存在ではあるでしょ。頭の中に脳みそが実在するかどうかまでは、ちょっと僕にも分からないけど」
完全に小馬鹿にしたようなやり取りを繰り広げる二人に対して、額に血管を浮き上がらせた男が歯ぎしりをした。
「ガキぃ。小便頭だのチンパンジーだの幽霊だの、この俺をナメてんのか? あぁ?」
ズボンのポケットに手を入れてのしのしと正悟の下へと歩き、顔面をのぞき込むように腰をかがめて見上げる。
子供なら泣き出し、サラリーマンなら震える手で財布を渡すだろう大層な迫力だ。
だが人間用の脅しは、人間のようでギリギリ人間ではない、中身の精神性は確実に人間以外のナニカである正悟には通用しなかった。
「ナメるも何も、ヒグマがタヌキにおびえる道理は無いだろう。身の程をわきまえろチビ助。パンパンスパパンと軽快なラップ音を鳴らす位しか能の無い怪奇現象の分際で、生身の人間様相手にデカい口を利くんじゃあ無い」
「ああ!?」
凄む男は中々の長身で、体つきもかなり逞しい。
しかし身長190㎝を超え、並のプロレスラーより体の分厚い、高校生離れした……というか人間離れした体躯の正悟と向き合うと、どうしても貧相に見えてしまう。
「正悟、それラップ音じゃ無くて少子化解消に励んでた音だと思うけどね」
和志の冷静なツッコミを遮って、壁に背を預けていた女が叫ぶ。
「たっくんやっちゃおうよ! コイツらたっくんの事ナメてるよ!」
「ああ。身の程教えてやるよ」
忌々しげに言い捨てると、男が拳を握り込む。
鈍器のような拳ダコがせり出した。
「たっくん強いんだから! 毘盧遮那連合野原一家の副総長なんだからね!」
腹の肉を揺らしながら誇らしげに叫ぶ女に、和志がぼやいた。
「……野原一家って、しんちゃんかよ」
「そんな事より和志よ、撮影を忘れるなよ。俺がこの小便頭の幽霊を華麗に祓い清めて除霊する所を撮り逃すんじゃあないぞ」
正悟がクルリと後ろを振り向き、和志に忠告する。
「バッカ、前向いてろよ正悟」
ゴツ、という鈍い音が響く。
フルスイングした拳で男に後頭部を殴られた正悟は、白目をむいてその場に倒れ伏した。
「言わんこっちゃない」
頭痛を押さえるように額に手を当て、和志が大きなため息をついた。
人気YouTuberになろう!(その5)……END




