ヒロインを見つけ出せ!(その2)
二日後の朝。
通学途中のいつも通り抜けている公園で、和志は自分の見た光景が信じられずに二度見した。
和志の視界に入ったのは、公園の池でちぎれた包帯をタオル代わりに身体を洗う,
全裸の正悟の姿だった。
頭にはどこでこさえたのか、ハタ目にも分かるほどの特大のたんこぶが出来ていた。
正悟が漬かっている池の水は特に清掃されているわけでも無く、藻やヘドロで緑色に濁っている。
ホームレスですらこんな濁った水で体を洗う真似はしないだろう。
どう考えても不衛生極まりない。
「え、正悟? 何してんの、こんな所で」
思わず声をかけて、和志は後悔した。
ヘドロ水で体を洗う全裸のムサい男という、視界に入れる事が罰ゲームな対象が幼馴染で同級生であるという事実は、中々にクるものがある。
濁り水でかろうじて下半身が隠れているが、エチケットとしては何の気休めにもならない。
こんな存在と幼稚園から高校2年生まで全てが同じ学校の同じクラスというのは、神様に目をつけられているとしか思えない。
そういう意味では、この学校の成績だけは無駄に良い妄想気質のアホの言う「この世界はフィクションで俺は主人公、お前は相方だ!」という寝言も信じられる気がしてくる。
こんな出来過ぎた不幸と腐れ縁が、ただの偶然の産物で自身の運の悪さの賜物だとは認めたくない。
無理やり利点を探すなら『退屈はしない』という一点だけか。その他の欠点が100倍盛りなわけだが。
ドブ川のような臭いを放ちながら、正悟がコンクリートで固められた池のふちに手をつき、プールから上がるように身を起こす。
続けて丸太のような太い足をふちに置き、立ち上がって全身を朝日に晒した。
濁った水しぶきがバシャバシャと音を立て、ザリガニのような臭いが周囲に立ち込める。
「見ればわかるだろう。公園の池で体を洗っているのだ」
「……せめてパンツくらい履いてろよ。通報すんぞオマエ」
立ち昇るドブ水臭と視覚的嫌悪感に、和志が顔をしかめて形の良い鼻をつまむ。
視界の端では、同級生のイチモツがブラブラと揺れていた。
「いやそうじゃない。まずなんでそんな真似してんだよ。病院は? というか家は? どうして公園でホームレスみたいな生活を……いや、ホームレスの皆さんだってドブ臭い池で体洗うなんて馬鹿げた真似しないか。何を血迷ってそんな奇行に走ってるの?」
ゴツいゴリラの男性器を出来るだけ視界に入れないようにしつつ、和志が尋ねる。
「病院を追い出され家を勘当されたからだ」
正悟の返答は簡潔明瞭だった。
だが意味不明だ。
「何をどうしたら、たったの二日でそこまで人生転げ落ちられるんだよ」
わけのわからなさに和志が首を振る。
正悟もまた、同意するようにうなずいた。
「ああ。自分でも実に不思議に思う所だそれは。俺は物語の主人公らしく物語の主人公っぽい事をしていただけだというのに」
股間の先から、濁ったしずくが物悲し気に滴る。
まるで涙のよう……にはどう頑張っても見えない。
不幸にも目にした者は、性病で膿が垂れてるように思う事だろう。
事実、和志もそう思った。
「具体的に何やらかしたんだよ」
「やらかしたとは失敬な。務めを果たしただけだ。主人公としてのな」
「そういうのいいから、はよ話せ。犯した過ちを自白しろ」
和志の声に、若干の苛立ちがこもる。
「うむ。医師や看護士の胸を片っ端から揉みしだいて回ったのだ」
「は? なんでまた」
「勘違いするなよ和志。今は男女平等の時代だ。女だけでは無い。きちんと男の胸も揉んできた。老いも若いも分け隔てなくな。これからの時代の作品は、ポリコレとジェンダーに配慮しなければ生き残れん」
「いや、そこはどうでも良いから。なんでいきなり誰彼構わず胸を揉みまくるなんて奇行に走ったのかって聞いてんだよ」
和志の疑問は実に当然の事だったが、しかし正悟からすると違ったらしい。
池の水に汚れた拳を握り締め、和志に向けて力説し出した。
「どうでも良い所だと? 和志それは違うぞ。いいか、映画の世界ではな。ゴミクズみたいな出来だろうと人種問題やら貧困やら同性愛やら、とにかくなんかそういう感じの物に配慮すれば、自称映画通の意識高い系論客な連中にウケて偉そうな賞を貰えるのだ。逆に、どれほど面白い内容だろうと、そういう配慮の無い作品は賞レースから外される。ダメ映画の祭典、ゴールデンラズベリー賞にノミネートされるのが精々だ。この差は大きいぞ。さあ、お前も肌を靴墨で黒く塗れ」
「ポリコレ的にも一発アウトだろソレ。つーか映画想定なのか」
話が脱線気味になっているのに気づき、和志が話を戻す。
「違うそうじゃない。だから、なんで病院中の医療関係者の胸を揉んで回るなんてアホな真似したんだよ。アカデミー作品賞取るためにか?」
「いいや、これはエンタメに寄せた演出の為だ。ラッキースケベはいつの時代も客にウケる。意識高く社会問題にも結びつけるため、片っ端から胸をはだけさせてAEDを使用して回ろうかとも思ったのだが、5人目の胸を揉んでいる最中に、駆け付けた国家権力の犬、またの名を警察官の魔の手によって取り押さえられ、警察署で死ぬ程怒られた」
「……お巡りさん、大変だなぁ」
こんな変質者でも真面目に相手をしなければならないとは、日本の警察官も大変である。
「父と母と姉も呼ばれ、皆から説教という建前で、日本語で表現可能なあらんかぎりの悪口雑言誹謗中傷を受けた。ついでに父から拳で殴られ、母からは股間を蹴られ、姉からは消火器で頭をカチ割られた。そして『二度と家に帰って来るな。お前はもう家族じゃない』と遺伝子以外に特に縁のない連中、通称家族から言われ、こうして家を追われて流浪の身というわけだ。貴種流離譚の幕開けだな」
「何が貴種だよ。見た目も行動もただの下種だろが」
とりあえずこれで、公園暮らしをするに至った事情は分かった。
頭に出来ていた、たんこぶの理由も。
消火器で殴られてたんこぶ一つとは、体が丈夫というより、体の作りが雑にも程がある。
「いうて、よく警察は厳重注意だけで許してくれたね。普通に現行犯じゃん」
「いや、痙攣する俺を見るに見かねた医療関係者の皆様が『もう十分ですから』と止めに入り、その流れで被害届も取り下げてくれたらしい。まったく、人の縁とは奇妙な物だ。薄汚れた政府の手先の巣窟、別名警察署から解放された際に俺が逃げ出したため、礼を言えなかったのが残念だ」
「それで逃げのびて、公園暮らしなんぞしてるのか」
呆れる和志の言葉に、正悟が大仰にうなずく。頭のたんこぶも一緒になって揺れていた。
「うむ。だがいつまでもこうしてはいられない」
「そりゃそうだ。公園の池で体洗うとか、現代日本の高校生がおよそ送るような生活じゃない。家が無いなら無いで、早く福祉と繋がらないとね。まあ最初は家に帰って家族に土下座して、どうにか許してもらえるよう懇願する所からだろうけど」
「よし、ヒロイン探すか」
「……は?」
ヒロインを見つけ出せ!(その2)……END




