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ヒロインを見つけ出せ!(その1)

 点滴を腕に刺した真っ白な髭と髪を持つ老人が、足を震わせながら病院の廊下を歩いていた。

 右足にギプスをはめた女性が松葉づえをつきながら、見舞いに来た家族と共に会話をしている。

 何とはなしに聞こえてくる話の内容は、病院の食事の味の薄さについてやお父さんがまた禁煙に失敗した、といった和やかな物だ。

 この先の、外が見える談話室にでも向かうのだろうなと和志は思った。


 忙しそうに看護師たちが書類仕事をしているナースセンターに立ち寄り、お見舞い名簿に自分の名前を書き込む。

「これ、見える所に貼ってください」と、不愛想な女性の看護師から手渡された来客シールを、和志はよそ行きのにこやかな笑顔で受け取りお礼を述べた。

 目が合った女性看護師が、一瞬戸惑うように和志から目線を逸らす。

「何かあったら気軽に言ってくださいね」と、先ほどより幾分柔らかな女性看護師の返事に、和志や軽く会釈して立ち去った。


 持ってきた通学用のバッグを肩にかけ、先ほど看護師から教えられた病室の扉を開ける。

 室内にはベッドが4つ置かれており、入院中の私物を入れるための棚と見舞客用の簡素なイスが備え付けられていた。

 各ベッドはそれぞれ緑のカーテンで区切られており、一応最低限度のプライバシーは守られているようだ。

 見舞客と一緒に出かけているのか診察中なのか、今この病室にいるのは首にギプスを嵌めた中年男性と、先日トラックに飛び込んで病院送りとなった同級生のゴリラだけだ。

 そのゴリラ、いや正悟はベッドにあおむけで寝転び、左手のみで器用に本をめくっていた。

 ちなみに本のタイトルは『狂気の山脈にて』であり、作者はSFホラーの文豪ラヴクラフトだ。

 異世界に行くと叫んでトラックに自ら突っ込んだ者の読む本として、これほどふさわしい物も無いだろう。

 

「やあ正悟、動物病院じゃなくて市民病院に運び込まれてたんだね。どうでも良いけど具合はどうだい?」


 腐れ縁の同級生に声をかけ、和志がベッドの傍らの椅子に腰かける。

 本を傍らに置き、身体の各所に包帯を巻いた正悟が体を起こす。


「右手左足一本ずつと、肋骨を2本骨折した」


 結構な大怪我だが、正悟に苦痛を感じている素振りは見えなかった。

 友人を前に強がっている様子も無い。

 尻尾にハンマーを持ち、痛みを感じにくいと言われている恐竜のアンキロサウルスなんかと同じく、神経が異様に鈍いのだろう。


「ふーん。あ、これお見舞いの品ね」


 自ら聞いておきながらさして興味あるそぶりも見せずに、和志が下ろしたバックに手を突っ込む。

 中から洋菓子の詰め合わせの入った箱を取り出し、ベッドの上に置いた。


「で、トラックに轢かれてみて異世界とやらへは行けたの?」


 小首をかしげる和志の問いに、正悟が遠い目をして答えた。


「いや、それらしき場所には行ったが、川の向こうで死んだ祖父母が手を振っているだけで俺の求める異世界では無かった。異世界の名産品である、なにかにつけて股を開く女も、ひたすらに俺を賞賛して褒めそやす村人たちも一向に現れなかったな」


「へーえ」


 聞いておきながら、これまた興味なさそうに和志が適当に返事をする。

 椅子の背もたれに体重を預け、ギシリと音が鳴った。


「どういう趣味なのか、謎に俺の衣服をはぎ取ろうとする小汚いババアはいたが、それくらいか」


「完全に三途の川の奪衣婆じゃん。それ、どうしたの?」


 奪衣婆とは、読んで字のごとく亡者の服をはぎ取る三途の川勤務な、あの世の公務員である。

 その外見はアバラの浮き出た老婆として地獄絵図に書かれており、剥ぎ取られた服は亡者の生前に犯した罪の重さに比例して重くなるという。

 頭の後ろで手を組み、正悟の話を適当に聞き流していた和志だったが、臨死体験ど真ん中なエピソードを聞かされ食いついた。

 正悟が大仰にうなずく。


「うむ。『何だお前は。主人公たる俺の服を脱がしたいなら、まずお前から股を開け』と一喝して、身ぐるみ剥いで無理やり股を開かせた所で病院のベッドにワープした」


 恐らくそこで意識が戻ったのだろう。


「奪衣婆を裸にひん剥いて股こじ開けるとか、羅生門の主人公でもそんな真似しないよ。流石だね正悟。最高にイカれてる」


 臨死体験にしてもひどすぎる話の展開に、和志が嫌味を挟む。

 だが、人語を解するようで解さない正悟に、そんなものが通用するはずも無かった。


「ありがとう。確かに俺はイカしている。どうやらお前には狂ったように主人公を賞賛し、全肯定するモプ村人の才能がありそうだな。主人公は諦めろ。一応お前は顔整いだが、所詮はモブイケメン。汎用グラフィックだ」


「異世界村人あるあるなスローライフ送れるなら僕は全然それで構わないけどね。で、退院はいつになるの?」


「2週間程度は掛かるらしい」


「ああそう。じゃあその頃に行けたらまた来るよ」


 そう言うと、和志は手を振って立ち上がり、部屋を出た。



ヒロインを見つけ出せ!(その1)……END

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