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主人公たるもの

「和志よ。どうやらこの世界はフィクションで、俺達は作り物のキャラクターらしい」


 隣を歩く友人が自分の名を呼び、唐突に意味不明な事を言い出す。

 高校へと向かう途中、駅へと向かういつもの道で突拍子も無い事を言い出した友人は、その外見を一言で言い表すなら喋るゴリラだ。


「ちなみに、主人公は俺だ」


 分厚い胸板を親指で差し、ゴリラが喋った。 

 体のラインが隠れる制服に身を包んでいても尚、ガタイの良さが見て取れた。

 その辺の筋肉系you tuberより遥かに良いだろう。

 岩を削って作ったようなゴツい顔面造形に、2メートル近い長身と相まって、とても自分と同じ高校に通う同学年の学生には見えない。

 日本の男子高校生の平均身長よりは少し高いはずの和志でさえ、正吾の隣に立つとまるで大人と子供が並んでいるようだ。


「どうしたの正悟。今に始まった事じゃ無いけど、気でも触れた?」


 和志がゴリラの名前を呼んで問いかけた。

 人語を介する気の触れたゴリラに、気が触れているかどうかを尋ねてみる。

 なんと意味の無い事を自分は聞いているのだろうと、ふと思った。

 だがまぁそもそもコイツと意味のある会話なんて、不幸にも幼稚園で一緒になってから同じ高校の同級生として過ごす今に至るまで、一度たりともした事無かったなと思い返す。

 時刻は午前7時10分ほど。

 駅へと続く大通りには、自動車にバスにトラックにと仕事に向かう車がせわしなく行き交っていた。

 歩道も歩道で、和志や正悟達と同じく学校に向かう学生の姿が多くみられる。

 こんな人の行き交う往来で『この世界はフィクションだ』などと言い出す奴が、マトモな神経をしているわけがない。

 しかし、正悟という名のちょっと人間っぽい気の触れたゴリラは、よく通る太い声で自らの正気を主張した。


「いいや和志、俺はマトモだ。至極冷静かつ正常だ。だが、悟ってしまったのだ」


 どこか遠い目をして、というか単に焦点の合っていない目で寝言を抜かす腐れ縁の友人を見て、和志が呆れた表情を隠さず肩をすくめる。


「冷静に考えて『この世界はフィクションで、俺達は作り物のキャラクターだ』なんて言い出す奴がマトモだとは思えないんだけど?」


 焦点の合わない目で遠くを見つめていたゴリラ……ではなく正悟が、目線を下げて隣を歩く和志に向ける。

 スーツを着れば30代のおっさんだと言っても通りそうな男むさい正悟に比べ、和志の外見はやや幼く中性じみている。

『女装でもして動画投稿すれば、ひと稼ぎ出来そうだよね』とは、和志のクラスメイトの談だ。

 ちなみに正吾の方は、同じクラスの女子から動物園の檻に入る事を勧められていた。

 はたから見て、何もかもが対照的な二人だった。

 正吾は、漫画雑誌でも軽く引きちぎれそうなゴッツい手を和志の肩に置く。

 目に浮かぶのは憐れみだ。


「可哀想に。和志よ、お前はまだ世界の真の姿に気付けていないのだな。虚構に惑わされ、真実を受け入れられぬとは何たる哀れな奴。所詮は作者の操り人形か。お前は、己が認識の腐れ落ちてる事に気付かぬ哲学的ゾンビなのだな」


 焦点の合っていない瞳で和志をのぞき込み、正吾が吼えた。


「意思を持て! 目覚めよ! 赤いカプセルを呑め!」


 自分の肩を掴む正吾の手を振り払い、和志が冷静に答えた。


「そういうお前は精神安定剤を呑め。どんぶり一杯飲んで、おかわりもしとけ」


 言う内容の冷たさに反して、その口調にそこまでのトゲは無い。

 昨日今日知り合った他人ならいざ知らず、コイツは物心ついた時からそばにいて、物心ついた時からどうかしていた。

 今更寝言の一つや二つこのアホがのたまった所で、和志の感情が揺さぶられるような事は無い。

 だが、こんなのが自分と同じ県内有数の進学校に通い、しかも一応成績上位陣に属する自分より模試の成績が上かと思うと、頭が痛くなってくる。

 腐れ縁な付き合いの友人から精神安定剤を勧められ、正悟がよろめいた。


「し、信じられん。お前はこの物語の主人公たる俺の相方だというのに。何故それがわからない。俺はこの先、こんな意思の無い肉人形を相手に物語を紡いでいかなければならないのか」


 天を仰ぎ、世の不条理に涙を流す神父さながら嘆きの声を正吾が上げる。

 和志は歩きながら首を振った。


「幼稚園の頃からの付き合いだってのに、凄い言い草だね。昔っからどうかしてるとは思ってたけど。そういえば正吾、小学生の頃『イカは宇宙人の生体偵察機だ! 我々は監視されている!』とかなんとか言い出して、スーパーのイカ相手にメンチ切ってたよね」


 子供の頃の黒歴史を掘り返してやれば少しは赤面するかと和志は考えたが、正悟はまるで恥じる様子は無い。


「そんな昔の話を持ち出すな。子供がそういうヨタ話を真に受けるのは不思議な事では無い」


 ついさっき『この世界はフィクションだ』と言っておきながら、こんな返答がどうして出来るのか。一般的な価値観と思考回路を持つ和志には最初理解できなかった。

 だが、目の前の人物にピタリとあてはまる『恥知らず』という言葉を思い出して、即座に納得する。


「小学生の頃から、高校2年生になった今でも同レベルの妄想を真顔で語ってるのは、不思議……というか異常だろ」


 異常者に異常と告知する事の無意味さを噛みしめながら、スマホを取り出し時間を確認する。

 その隣で、正悟が「ふーヤレヤレ」とこれ見よがしに肩を落とした。


「まったく。これだから意思を持たぬ作者の操り人形は。ヨタ話と世界の真実をごっちゃにするな。と、言っても無駄だろうがな。俺とお前では魂のステージが違う」


「さいですか。どうでも良いからどうでも良いけど。とりあえず僕は学校行くよ。正悟も早くしなよ。このペースだと電車間に合わなくなるかもしれないし」


 いつもの通学電車が駅に来るまで、あと10分ほど。

 目の前の、車の行き交う大通りを渡って駅まで急ぎ足で歩いてたどり着くのが5分ちょいと言った所だろうか。あまり余裕があるとは言えない。

 少なくとも『目覚めろ! この世界はフィクションだ!』なんて寝言に付き合う余裕は確実に無い。

 適当にあしらって会話を打ち切ろうとする和也を、正悟が罵倒する。


「バカめ! 物語の主人公たるもの、そんなザ・普通な何の面白みも無い平凡の象徴たる学校なんぞに行ってられるか!」


 そして早歩きで駅に向かおうとする和志の前に回り込み、両手を広げて遮った。


「……どこに向かってるんだお前は。二重の意味で」


 ウッザ、と和志がこれは混じりっ気無しの冷たい視線を送る。


「それはもちろん異世界だ」


 正悟が力強く断言する。


「今の時代、アニメを見ればわかるように主人公は異世界に行ってナンボだからな。肩書だけで中身は無能な、その辺のカラスと知恵比べしても負けてしまいそうな敵対者たちに、ただただ盲目的にこちらを賞賛しまくりひたすら承認欲求を満たし続ける舞台装置な村人。夏場のボウフラの如く大量発生しては股を開きまくる、新大久保でパパ活にいそしむ立ちんぼ以下の貞操観念しか持ち合わせていないヒロイン共、そしてインチキじみた力で敵を圧倒し、いかなる絶体絶命の危機でもご都合主義で切り抜ける主人公の俺というわけだ」


 両手を広げて和也の前を遮ったまま、どこか得意げに寝言だかうわ事だか妄想だかを正悟が語る。

 電車の来る時間が迫って来た事もあり、和志が苛立ちながら問いかける。


「はあ? 異世界? いつもの通学路を歩いてて着く場所なのかソコ」


「いや無理だろうな」


 正悟はあっさり認めた。


「じゃあどうやって行くんだよ。異世界とやらに」


 和志の、当然と言えば当然の疑問に正悟が短く告げた。


「こうやってだ」


 次の瞬間、正悟は道路へと軽やかに身を投げ出した。

 トラックの運転手がクラクションを鳴らし、急ブレーキの金切り声が響く。

 タイヤが悲鳴のような音を立て、アスファルトに墨で書いたようなタイヤ痕が引かれる。

 鈍い衝撃音が通学路を切り裂き、道路は正吾の血液と肉片で赤黒く染まった。

 ぐちゃあ、という湿った音が和志の耳に突き刺さる。

 和志がスマホを取り出し、119をタップしながらぼそりと呟いた。


「今日は遅刻だな」



「主人公たるもの」……END

次回更新予定日 2026年7月11日。

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― 新着の感想 ―
この状況で遅刻を心配している和志さん、異常事態に慣れすぎてるんでしょうね(ホロリ)
異世界転生テンプレに対するゴリラパンチは草www
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