ヒロインを見つけ出せ!(その3 結)
「はぁ? ヒロイン? なんでまた」
全裸の正悟がいきなり『ヒロインを探す』などと急に言い出し、和志が頬を引き攣らせた。
コンクリートで固められている池のふちで仁王立ちをしている正悟の身体からは、ポタポタと濁り水が滴っていた。
江戸時代の人が彼を見たら、河童か何かの妖怪に見える事だろう。
「何を驚いた顔をしている。不思議なことでは無かろう。映画だかアニメだか漫画だか知らんが、俺達は物語のキャラクターなのだぞ。俺が主人公でお前は相方。鬼滅の刃で言うなら俺が炭次郎でお前がサイコロステーキ先輩だ。作品を盛り上げてシビアな連載競争なり視聴率争いを勝ち抜きこの世界を存続させるためにも、我々はおっぱいおっきい魅力的なヒロイン獲得の為に動かねばならん」
「誰がサイコロステーキ先輩だ。無様なやられ役なら現状を見るに適役はどう考えても正悟だろ。つーかなんで巨乳限定なんだよ」
発言のどこを区切っても意味不明で、突っ込むにしてもどこから突っ込めばいいのか和志は頭を抱えた。
「ミケランジェロの像の如く一糸まとわぬ姿で肉体本来の美を力強く見せている俺に対して、相手を糾弾するばかりで口先以外に何も動かしていないお前。どちらがやられモブかは一目瞭然だが」
「あーはいはいわかったわかった。僕はサイコロステーキ先輩ですよ」
どうせ話したところでラチがあかないと判断した和志が先を促す。
「で、巨乳のヒロインが必要ってのはどういう事?」
「気付かんかオロカモノ。これは作品の男性ファンを掴むためだ。俺以外の男は皆思考を下半身に支配された猿同然の低能ばかりだからな。おっぱいがデカいメスに胸をはだけさせ、後は適当に股を開かせておけば、世のクソオス共はそれだけで『推し』だの『尊い』だの『俺の嫁』だのと汚い鳴き声を上げて、有り金全部課金する。そんな極めてイージーで知性も品性も無い存在が、潜在的性犯罪者である男という生き物だ。俺以外のな。連中の思考や嗜好は、同類同レベルなお前なら言わずもがなわかるだろう?」
偏見丸だしな性差別発言を、悪びれも無く正悟が語る。
その眼はどこまでも澄んでいて一点の曇りも無い。
恐らく嘘偽りない本心からの発言だろう。
「はぁ、そうだね。公共の空間で性器をさらけ出して知性と品性を語りだすバカの思考や嗜好はわからないけど、普通の人たちの考えや好みは君よりは分かると思うよ」
和志が呆れながらに返事をする。
「なんか色々とご高説語ってるけど、要はエロで釣るって事だろ? どうするの? どっかで夜のお仕事してる巨乳のおねーさんでも買って、ヒロインを演じてもらうつもり?」
「ふ、甘いな和志。体がウリで体を売ってる膣ドカタ共なら、確かに豊胸手術していたり神業的に胸を盛る見せ方をしている連中も多いだろう。おっぱいのサイズや見た目で判断するなら、ヒロインとしての基準をクリアしている者も多いかもしれない。だがダメだ。娼婦はオタク受けが悪い」
「なんでそう言い切れるんだよ。見た目の条件満たしてるなら、誰でも構わないんじゃないのか?」
「まだまだだな和志よ。いいか? 映画はともかく、アニメや漫画の愛好者なんてのは9割がた女にもてない弱者男性の童貞だ。そして童貞共は意気地がない。メスを相手に会話で楽しませる事も行動で自身をアピールする事も出来ず、ただただ挙動不審に右往左往するばかりでマトモにコミュニケーションを取る事すらできない。奴らはオスとして、いや生物としての欠陥品だ。そのくせ、相手に拒絶されたり否定的な態度を取られたらヘイトをむき出しにして陰で口汚く罵り始める救いがたい存在なのだ」
池のふちに仁王立ちになった正悟が、太い指で和志を指差した。
相変わらず股間のわいせつ物は晒したままで、隠す気は微塵も無いようだ。
「いい年してアニメや漫画にどっぷり漬かっているような連中は、現実で女性に相手にされないフラストレーションを薄甘いフィクションの世界で満たそうとする腰抜けどもなのだよ。そして、奴ら童貞共は男慣れしている女を極度に嫌う。何故なら童貞だからだ。他のマトモな男共と比べられたら、自分がどれだけゴミクズに見えるか自覚しているからだ。だからこそ、奴らは比較対象の少ないだろう地味巨乳の処女を好む。我々の出ているこの作品世界で経験豊富な夜職女をヒロインに選ぶのは、彼ら童貞共のミジンコのようなプライドを損なう事になってしまい、そっぽを向かれる可能性があるのだ。俺達は、そういう指先一つでダウンしてしまうヤワい精神性しか持ち合わせていない弱者男性達を気遣ってキャスティングをしてあげねばならないのだ」
「ふーん。じゃあウチのクラスの女子は?」
「ふざけるな。お前がクラスでくっちゃべっているような、事あるごとに男子を採点しダメ出しして品定めしている、進路希望表に港区女子と書いてそうなメスハイエナ共にヒロインという重役が務まるわけないだろう。第一、あんなヤリマン共は俺と釣り合わん」
「さいですか」
ヤリマンも何もクラスの女子の大半はお前とおそろいで未経験だろが、と思う和志だったが、言った所でどうせ聞きやしないだろうと判断して言葉を飲み込んだ。
「うむ、では和志よ。早速俺と共に街へ繰り出して、おっぱいのおっきいヒロインを捕まえてこようではないか。ちなみに年は24までだぞ。女は25を超えたら賞味期限切れでババアにクラスチェンジする事を忘れるな」
「……正悟。この世界が本当にフィクションだったら、お前間違いなく消されてるよ」
あきれ果てた和志が、かばんを肩にかけ直す。
「まあどうでも良いや、僕は学校に行くよ。いい加減時間やばいし。悪いけど、ヒロインだか何だかを捕まえるなら、正悟一人でやってくれ」
チッと正悟が舌打ちして、コンクリート囲いになっている池のふちから飛び降りる。
三本目の足がぶるりと揺れた。
「ふん、作品を支えるモブとしての責任感の無い奴め。だからお前は主人公になれんのだ。見てろよ和志。今に、俺を一目見たら頬を染めて股を開く、マッソスポラ菌に寄生されて死ぬまで性病をまき散らすセミの如く、貞操観念の破綻した処女の床上手系巨乳ヒロインを連れて来てやるからな。そしてお前の眼前で少子化問題解消に努めてやる」
「いやなんか見てるだけで病気伝染りそうだからやめてほしいんだけど。まあ池の濁り水で体洗ってるような、風呂キャン界隈ですらドン引きな全裸激臭不審者男性が女の子ひっかけられるとは到底思えないけどね。とりあえずがんばって。じゃ」
和志は全裸の変態に手を振り別れを告げると、公園の出口へと向かった。
翌日の夕暮れ。
学校からの帰宅途中に、和志がいつものように公園を通り抜けようとしていた所で、池の濁り水で体を洗う正悟の姿を見つけた。
「いやだからなんでまた公園の池で体洗ってんだよ」
思わず和也が正悟の頭をはたく。
いつもなら即座に減らず口を叩き返してくる正悟だったが、今日は少し様子が違っていた。
頭を叩かれても何の反応も無く、ただ静かに彼は手で濁り水を掬い、身体にかけている。
こちらを見る事無くうつむき、黙々と体を洗う正吾の姿からは、哀愁が漂っていた。
これは何かあったなと察した和志が、公園の池のへりに腰掛けて、通学カバンを足元におろした。
「で、ヒロイン連れてくるとか何とか息巻いてたけど、あの後どうしたの? その様子を見るに、どうせ誰からも相手されなかったんだろうけどさ」
うつむいていた正悟が顔を上げて答えた。
「いや、ヒロインは見つかった。もうここに居る」
「え、そうなの?」
意外な返答に、和志が驚く。
正悟はコクリとうなずくと池から上がり、濁り水の滴る体で池のふちに腰を下ろす。
ちなみに正悟は今、全裸では無い。
どこで調達したのか、葉っぱのついた枝を大量に腰に巻き付け紐で結んだ腰ミノらしき物を身に纏っており、かろうじて全裸では無かった。
濡れるのを嫌った和志が、ぽたぽたと池のドブ水をしたたせる正悟から少し距離を取り賞賛の声を上げる。
「これはびっくり。素直に凄いね。そんなナリで誰か女の子口説くとか、絶対無理だと思ってたし。がんばったじゃん。街中歩いてるだけで警察に通報されかねないほど、第一印象マイナスに振り切れてたかと思うんだけど。そこからどういう流れでヒロイン? を口説き落とすに至ったの?」
「ああ。あの後、別れた俺は……」
正悟が遠い目をして語り始めた。
町に繰り出しヒロインを探すも、まるで見つからない。
疲れ果てた正悟は銭湯で体を洗い、サウナで汗を流していた。
湯気の中でぼんやりしていると、突然、中年太りの男が隣に座った。
「君が入ってきた瞬間から、ここのサウナの温度が上がった気がするよ」
そう言うと、男は正悟の太ももにそっと手を置く。
急すぎるスキンシップに殴りつけてやろうと拳を握る正悟だったが、頬に手を当てられ「今夜のヒロインは君だ」と囁かれて動きが止まる。
そして唇を塞がれ……。
話を聞き終えた和志が耳を塞ぐ。
「うわぁ。想像以上にひどい」
流石に、今回ばかりは哀れみの感情を和志も抱いた。
「未成年のノンケでも構わず食っちまうとか、ゲイの風上にも置けないなそいつ」
同調する和志の言葉に、正悟が突然立ち上がり叫んだ。
「そう! 股を開くべきは俺だったのだ!」
「……は?」
正悟は四つん這いになると、困惑する和志に向かって尻を突き出し叫んだ。
「カモン、和志! 主人公にしてヒロインである俺の魅力、存分に引き出してくれ!」
和志は無言で立ち上がると、カバンの中からボールペンを取り出し正悟の尻に突き刺した。
「アッー----」
野太い悲鳴が夕暮れの公園にこだました。
ヒロインを見つけ出せ!(その3)……END




