第六話「巫女の涙」
木村の背後に立つ巫女は、白い装束をまとっていた。
長い黒髪が顔を覆い、その隙間から覗く瞳だけが、月明かりに鈍く光っている。
彼女は泣いていた。
頬を伝う涙は地面に落ちることなく、黒い霧となって消えていく。
その背後には、神社の鐘よりもさらに巨大な黒い鐘が宙に浮かんでいた。
誰も声を出せない。
「木村……逃げろ!」
平が叫ぶ。
その瞬間、巫女はゆっくりと木村へ手を伸ばした。
しかし――
何も起こらない。
巫女の手は木村の胸の前で止まり、それ以上近づけなかった。
まるで見えない壁があるかのようだった。
巫女は小さく首を傾げる。
そして悲しそうに呟いた。
「……違う。」
次の瞬間、彼女は木村の隣に立つ石井へ視線を向けた。
石井の顔から血の気が引く。
「や、やめろ……。」
巫女は一歩、石井へ近づく。
ゴォーン……
鐘が鳴った。
その重低音が山全体を震わせる。
石井は耳を塞いで叫ぶ。
「聞きたくない!」
しかし鐘の音は耳ではなく、頭の中で鳴り響いていた。
ゴォーン……
ゴォーン……
一歩鳴るたびに、巨大な鐘が石井へ近づく。
「逃げろ!」
平たちは石井の腕を掴み、山道を駆け下りた。
木の枝が顔を叩く。
足元の石につまずきながらも、必死に走る。
だが、どれだけ走っても鐘の音は離れない。
むしろ近づいてくる。
ゴォーン……
ゴォーン……
石井は突然立ち止まった。
「……重い。」
「石井!」
「体が……動かない。」
彼の肩がゆっくりと沈み始める。
まるで見えない重さがのしかかっているようだった。
木下と平が必死に腕を引く。
だが石井の膝は地面へめり込み、土が音を立てて割れていく。
「助けて……!」
石井は涙を流した。
「まだ死にたくない……!」
その時、木村は巫女を見た。
彼女は笑っていなかった。
苦しそうに石井を見つめている。
まるで、自分の意思では止められない何かに縛られているようだった。
木村は叫ぶ。
「この呪いは、あんたの望みじゃないんだろ!」
巫女の瞳が揺れる。
一滴の涙が零れ落ちた。
しかし、その直後――
ゴォォォーン!!
これまでで最も大きな鐘の音が山に響き渡る。
巨大な黒い鐘が石井の頭上へ落ちるように迫った。
平たちは目を閉じた。
轟音。
土煙。
そして静寂。
恐る恐る目を開けると、そこに石井の姿はなかった。
地面には巨大な円形の跡だけが残り、その中心には石井が身につけていた腕時計だけが止まったまま転がっていた。
残された四人は、ついに確信する。
この呪いは、誰かを選んで殺している。
そして次の鐘は、すぐそこまで迫っていた。




