第十六話「鐘になる者」
静寂は、音が消えたのではなかった。
“音が選ばれている”だけだった。
ゴォォ……ン……
低く、遠く、しかし確実に存在する鐘の響き。
平はその場で立ち尽くしていた。
木村は日記を握りしめたまま、視線を鈴音へ向ける。
「代償って……何だ」
鈴音は答えない。
代わりに、鐘の中心を指さした。
そこには“穴”がある。
黒でも白でもない。
空白。
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そこから声が聞こえる。
坂本。
松原。
森村。
木下。
石井。
植田。
すでに死んだはずの六人の声が、重なっている。
「まだ終わってない」
「まだ足りない」
「七つ目が必要だ」
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平の呼吸が乱れる。
「ふざけるな……!」
木村が低い声で言う。
「“七つ目”って……」
鈴音が静かに答えた。
「鐘は七つの音で完成する」
「そして八つ目が現れるとき、均衡が崩れる」
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ゴォォォン……
鐘が鳴る。
今度は空間そのものが揺れない。
代わりに“記憶”が揺れる。
平の中に、見覚えのない映像が流れ込む。
神社。
村。
炎。
そして――
鈴音が鐘の中へ自ら歩いていく姿。
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「これ……何だ……?」
木村も同じ映像を見ていた。
鈴音が初めて顔を曇らせる。
「それは……あなたたちの記憶じゃない」
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鐘の中心が脈打つ。
ゴォン……ゴォン……
まるで心臓のように。
そのたびに、空間が少しずつ“過去へ戻っている”。
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鈴音が言う。
「鐘は壊れない」
「壊れるたびに、誰かが中に入る」
平が反応する。
「じゃあ、今までの死は……」
鈴音は頷く。
「穴を埋めるため」
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木村が顔を上げる。
「じゃあ今回も……」
鈴音は初めて“平”を見た。
その視線の意味を、平は理解できなかった。
哀れみでもなく、怒りでもなく。
ただ、“確認”。
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ゴォォォォン!!!
鐘が激しく鳴る。
空間の歪みが一気に強まる。
六人の声が叫ぶ。
「足りない」
「まだ終わらない」
「戻れない」
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鈴音が静かに一歩前に出る。
「選びなさい」
その声は、今までよりもはっきりしていた。
「鐘になる者を」
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平が後退する。
「……俺か?」
木村が即座に否定する。
「違う、そんなの選べるわけない!」
しかし鈴音は続ける。
「誰か一人が入らなければ、全員がここに残る」
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その瞬間だった。
木村の手の中の日記が勝手に開く。
最後のページ。
まだ空白だった場所に文字が浮かぶ。
『鐘は“選ばれた者”によって完成する』
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鈴音が呟く。
「もう、決まっている」
平が叫ぶ。
「何がだよ!!」
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ゴォォォン……
鐘の音が止まる。
完全な静寂。
そして――
鈴音が木村を見た。
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その視線で、平も気づく。
“選ばれているのは自分ではない”
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木村の顔が青ざめる。
「……俺か」
鈴音は小さく頷いた。
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鐘の中心が開く。
黒い空白が広がる。
そこから無数の声が重なる。
「来い」
「終わらせろ」
「埋めろ」
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木村の足が一歩、前に出る。
平が叫ぶ。
「やめろ!!」
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だが木村は止まらない。
鐘の中へ、ゆっくりと歩いていく。
鈴音が最後に言う。
「あなたが入れば、私は外に出られる」
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その言葉の意味を理解した瞬間。
平は全てを悟る。
これは救いではない。
入れ替えだ。
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木村が振り返る。
「平……生きろ」
そして――
鐘の中へ消えた。
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ゴォォォォン!!!
世界が揺れる。
空間が裂ける。
鈴音の影が薄くなる。
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平だけが残る。
鐘の外側に。
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そして最後に。
どこからか聞こえた。
木村の声でも、鈴音の声でもない。
鐘そのものの声。
「次は、お前だ」
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第二章・第十七話
「外に残された者」へ続く。




