第十二話 「白い花の導き」
境内に供えられた一輪の白い花。
山奥の廃神社で、誰が供えたのか。
平は周囲を見回した。
「誰かいるのか!」
返事はない。
木々が風に揺れる音だけが響く。
しかし、木村は本殿の裏をじっと見つめていた。
「……またいる。」
「何が見える?」
「白い着物の女。」
平には見えない。
木村の視線の先には、確かに誰かが立っているようだった。
白い着物。
長い黒髪。
俯いたまま動かない女性。
彼女はゆっくりと振り返り、本殿の裏へ歩き始めた。
「待って!」
木村は後を追う。
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本殿の裏は、人が通った形跡もないほど草が生い茂っていた。
しかし、その草の中に一本だけ細い道ができている。
まるで誰かが毎日歩いているようだった。
道の先には、小さな石碑があった。
高さは五十センチほど。
苔に覆われ、文字はほとんど読めない。
木村が石碑を手で拭う。
浮かび上がった文字は――
『鈴音』
「すずね……?」
平が首をかしげる。
名前だった。
その下には小さく、
『享年十九』
と刻まれていた。
「巫女の墓なのか……。」
その瞬間。
石碑の前に、一輪の白い花が落ちた。
誰も触れていない。
風も吹いていない。
木村が顔を上げる。
さっきまでいた白い着物の女性は、もう姿を消していた。
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その日の帰り道。
山を下る途中で、一軒の古びた民家を見つけた。
縁側には、一人の老人が座っている。
二人を見ると、老人の表情が曇った。
「……あの神社へ行ったのか。」
木村は驚いた。
「どうして分かったんですか?」
老人は静かに答える。
「お前さんたちから、鐘の匂いがする。」
平は思わず聞き返した。
「鐘に匂いなんてあるんですか。」
「ある。」
老人は真っすぐ二人を見た。
「死の匂いだ。」
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老人は二人を家へ招き入れた。
部屋には古い写真が何枚も飾られている。
その中の一枚に、木村は目を留めた。
白黒写真。
神社の前に並ぶ村人たち。
その中央には、白い装束を着た若い女性が写っていた。
石碑に刻まれていた名前。
鈴音。
「この人が……。」
老人は深く息を吐いた。
「最後の巫女だ。」
「最後?」
「鈴音が死んでから、この村は滅んだ。」
部屋の空気が重くなる。
老人は写真を見つめたまま続けた。
「村人は皆、鈴音を呪いの元凶だと言った。」
「違うんですか?」
「違う。」
老人は首を横に振った。
「鈴音は最後まで、村を守ろうとしていた。」
平と木村は言葉を失う。
今まで恐れていた巫女は、人を殺す悪霊ではなかったのか。
老人は震える手で古い木箱を取り出した。
「これは、鈴音が残したものだ。」
箱の中には、一冊の古びた日記が入っていた。
表紙には墨で一文字だけ書かれている。
『鐘』
木村がゆっくりと日記を開こうとした、その時――
遠くの山から、重く低い音が響いた。
ゴォーン……。
老人の顔色が一瞬で変わる。
「しまった……。」
「どうしたんですか!」
老人は立ち上がり、震える声で叫んだ。
「鐘が……目を覚ました。」
その瞬間、家の窓ガラスが一斉に激しく震え始めた。
第二章 第十三話「巫女の日記」へ続く。




