第十三話「巫女の日記」
窓ガラスが鳴っている。
外からではない。
山からでもない。
まるで家の中そのものが振動しているようだった。
ゴォーン……
もう一度、鐘の音。
今度ははっきりと“形”を持っているように感じられた。
老人は日記を木村の手から奪い返すように抱えた。
「今は読むな……!」
「なぜですか!」
平が叫ぶ。
老人は震えながら答えた。
「鐘が鳴っている時に“記録”を開くと、見られてしまう。」
「誰に?」
老人は窓の外を見た。
「鐘にだ。」
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一瞬、空気が止まった。
木村は息を呑む。
「……見られる?」
老人はゆっくり頷いた。
「鈴音の日記は、ただの記録じゃない。」
「生きている。」
その言葉に、平は背筋が冷えた。
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その夜。
二人は老人の家に泊まることになった。
電気はついているのに、部屋は妙に暗い。
時計は午前二時を指していた。
そして――
止まった。
ゴォーン……
同時だった。
鐘の音と、時計の停止。
木村は無意識に日記を見つめていた。
老人の言葉が頭から離れない。
「読むな」と言われた。
だが、読まなければ何も分からない。
平が小声で言う。
「……開くのか?」
木村はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと日記を開いた。
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最初のページには、少女の筆跡が残されていた。
『私は鈴音。』
『この村は、もうすぐ鐘に飲まれる。』
平は顔をしかめる。
「飲まれる?」
木村は読み進める。
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『鐘は、村の罪を記憶する器。』
『人が忘れた罪を、音にして返すもの。』
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その瞬間。
ページの文字がにじんだ。
インクではない。
まるで血のように滲んでいく。
「……動いてる。」
平が後ずさる。
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次のページ。
そこには、はっきりとした言葉があった。
『私は止めようとした。』
『でも、村は私を鐘に閉じ込めた。』
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ゴォーン……
外から鐘の音。
しかし今回は違った。
本殿の方からではない。
部屋の“床下”から響いている。
平が息を呑む。
「下だ……!」
床板がわずかに軋む。
木村は日記を握りしめたまま続けた。
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『鐘の中には、まだ私がいる。』
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その瞬間だった。
ゴォォォーン!!!
今までで一番大きな音。
床が割れた。
木の板がめくれ上がる。
その隙間から見えたのは――
黒い空洞。
そして、その奥に。
“巨大な鐘の内側”があった。
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そこに、何かがいた。
白い着物。
長い黒髪。
顔を上げる。
鈴音だった。
しかしその目は、もう人のものではない。
泣いているのに、笑っている。
「……見つけてくれたのね。」
声は床下からではなく、頭の中に直接響いた。
老人が叫ぶ。
「日記を閉じろ!!」
遅かった。
ページが勝手にめくられる。
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最後の一文。
『私を外へ出してはいけない。』
その文字が浮かび上がった瞬間。
鐘が“呼吸”した。
ゴォォォォン……
家全体が持ち上がるように揺れる。
床下の鐘が、こちらへせり上がってくる。
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木村は悟る。
これは記録ではない。
封印そのものだ。
平が叫ぶ。
「どうするんだよ!!」
木村は日記を閉じた。
しかし――
遅かった。
鐘の音が止まる。
静寂。
そして、女の声。
「……もう、遅い。」
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第二章・第十四話
「鐘の内側」へ続く。




