最終話「鳴らしてはいけない鐘」
午前二時十三分。
平は裸足のまま家を飛び出した。
夜風が頬を切る。
だが振り返ることはできなかった。
振り返れば、そこに"いる"。
そんな確信だけがあった。
ゴォーン……
鐘の音は、もう遠くからではない。
すぐ背後。
肩越しに息を吹きかけられるほど近くから響いていた。
「平!」
道路の向こうから木村が走ってくる。
平からの連絡が途絶え、不安になって駆けつけたのだ。
「神社へ行くぞ!」
木村は平の腕をつかんだ。
「ここにいたら殺される!」
二人は車に飛び乗り、山道を駆け上がった。
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神社へ着くと、境内は異様な静けさに包まれていた。
風が吹かない。
木々も揺れない。
月明かりだけが、黒く変色した巨大な鐘を照らしている。
その鐘の前には、白装束の巫女が立っていた。
彼女は初めて二人に向かって頭を下げた。
「……すみません。」
か細い声だった。
「私は……止められない。」
平は叫ぶ。
「だったら、どうすれば終わる!」
巫女は鐘を見つめる。
「私は呪いではありません。」
「え?」
「呪いを閉じ込める……器です。」
木村は息をのんだ。
つまり、この鐘そのものが呪いだった。
巫女は千年以上もの間、その呪いを封じ続けていた存在だったのである。
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突然、大地が揺れた。
ゴォォォーン!!
鐘がひとりでに鳴り始める。
縄は揺れていない。
誰も撞いていない。
それでも鐘は鳴る。
境内に無数の人影が現れた。
坂本。
松原。
森村。
植田。
石井。
木下。
六人は青白い姿となり、鐘の周囲に立っていた。
全員が無表情で、ゆっくりと平を見つめる。
「平……」
六人が同時に名を呼ぶ。
平は足がすくんだ。
鐘が浮き上がる。
巨大な影が夜空を覆う。
巫女は涙を流しながら木村へ叫んだ。
「触れてはいけない!」
しかし、平を助けようとした木村は、とっさに鐘へ手を伸ばいてしまう。
その瞬間。
鐘の音が止んだ。
静寂。
そして、鐘の表面に無数の亀裂が走る。
巫女は絶望した表情で膝をついた。
「封印が……。」
黒い霧が鐘から溢れ出す。
それは空へ舞い上がり、山全体を覆っていく。
平は気づく。
六人の霊が消えていくことに。
苦しそうだった表情が、少しだけ穏やかになっていた。
彼らはようやく解放されたのだ。
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夜が明ける。
神社には鐘はなかった。
巫女の姿も消えていた。
平と木村だけが、生きて山を下りる。
警察に話しても、誰も信じなかった。
肝試しで友人を亡くした、悲しい事故。
それで終わった。
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数か月後。
山道は通行止めになり、神社は取り壊されることになった。
解体作業初日。
作業員が土の中から、青銅の小さな鐘を掘り当てる。
「こんなところに埋まってたのか。」
何も知らない若い作業員が、興味本位でその鐘を軽く鳴らした。
カーン……。
山に、小さな鐘の音が響く。
その音を聞いた作業員の背後で、誰かが静かに笑った。
こうして、新たな呪いが始まるのだった。
――第一章 完




